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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月14日(金)

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92.本気

※20151206 改行位置修正

 何通目かの指令を送ったあたりで上空に影が過ぎった。キーファだろう。

 今日は野営地に夜警が六人とも集っている。天幕と馬車、馬、それから調理場をぐるりと円形に囲んで篝火を焚き、周囲の警戒に当たっている。

 ルー=ピコは他の夜警をちらりと見た。

 自分が立っている位置からはウェインと、二番目の馬車のイングリドが見える。隣がウェインというのは計算外だった。周りを警戒しながらウェインはルーの方を向いている。

 先ほどキーファに送った合図も指令も、彼の視界から見えないように背を向けて行うしかなかった。それも、長く背を向けていると苛立たしそうに舌打ちをしてこちらに歩いてこようとする。

 イングリドの方も賭けに参加しているのだろう、ルーには興味を持っているようで、やはり何度かこちらに歩いてきた。

 だから、キーファを呼び寄せたのは結構危険な賭けだった。音を立てずに飛ぶことはできるが、月に照らされれば姿は見える。黒い姿ならなおさら目立つ。影が地面に落ちればどうしても空を見上げてしまう。

 ルーが不用意に顔を上げれば、両サイドの二人もその視線を追うだろう。

 ゆえにルーは空を見上げることができなかった。


「なんだよ、呼びつけておいて」


 ぶつくさと文句を言っているのが風に乗って聞こえてくる。ルーは言葉を吹き込んで妖精のラベルを弾いた。緑の妖精がキーファの耳元にだけピコの声を届ける仕組みだ。さっきイーリンに投げた合図もこれを使っている。


『両サイドの夜警がこっちを見てる。不用意に顔を上げれば見つかるだろ? 姿を消せ。地面に影が落ちる』

「そんなの、こっち向かせなきゃいいだろうに」


 風が届ける声を聞いて、ルーはぶらぶらと篝火の周辺を歩きながら声を吹き込む。


『力は不用意に使うなと言っただろ? 護衛の中に魔法使いがいないとは限らないんだ。必要以上に使ってないだろうな?』

「使ってねぇよ。なあ、いつまでこの退屈な仕事続けるんだ?」

『契約通り王都までだ。……何事もなければ、な。もしかしたら王都につくまでに決着できるかもしれないがまだ二日目だ。二人の行動と会話に気をつけてくれればいい。そのうちうっかり口を滑らせるかもしれん』


 以上だ、と切り上げると、ちっ、と舌打ちしてキーファの気配は離れていった。





 近辺をぐるぐる巡回したあと、篝火に戻ると、すぐ近くまでウェインが来ていた。


「ん? どうかしたの?」

「あんたの姿が見えないから」

「ああ、近隣をくるっと回って来たのよ。今日はこっちに六人も夜警がいるから大丈夫かなと思って」


 ルーは後ろに広がる野営地を示した。低木もなく、下草だけが生えている。警戒する必要がなければ馬を放して食事をさせられるのだが、そういうわけにはいかない。


「今日は他に客はいない」

「ええ、でも一応。念には念を入れてね。特に変わったことはなかったわ」

「そうか」

「そういえば今日の夕飯は豪華だったけど、あれ、村から運んだのかな」

「おかげで楽できた」


 ウェインの言葉にルーは振り向いた。


「そっか、当番だって言ってたっけ」


 ふぅん、とルーは顎に指を当てて考え込んだ。

 村での宿泊の手配は夫人とドラジェ、騎馬隊のものだけだったから、てっきり食事もそうだろうと思っていた。護衛隊の分まで頼んでいたとは。

 ドラジェはよく分かっているのだ。自分たちだけを優遇して護衛隊を蔑ろにすると、必要な時に護衛が役に立たなくなることを。

 とりわけ寄せ集めの傭兵に便利屋だ。忠誠心などない彼らをきちんと握っておくにはコツがいる。まずは報酬。それと酒と食い物。できれば女。

 だからか、とルー=ピコは目を見開いた。

 男性ばかりの隊に自分一人だけ女がいる理由。確かに売り込んだのはルーだが、それを受け入れたのはドラジェだ。


「なるほどね……」


 王都が近くなり、大きな街で宿泊できるようになれば、まず間違いなく彼らは女を買いに行くだろう。それまでのつなぎ、という意味もあったのかもしれない。


「どうかしたのか?」


 ため息をつき、顔を上げると、ウェインはずいぶん近くに立っていた。


「なんでもない。――あたしも舐められたもんだなぁと思ってね」

「よくわからないが、ルーはいい女だと思うぞ」


 ウェインの言葉にルー=ピコは笑った。

 笑わずにいられなかった。


 ――中身は男なんだぜ?


 この姿も仕草も諜報活動の中で覚えたものでしかない。


「何か悪いことを言ったか?」


 ルーは笑いながら首を振る。そんな、ドラジェに割り振られた役など誰が引き受けるものか。


「ウェインは悪くないよ。――ほら、そろそろ持ち場に戻ったら? あたしは大丈夫だから」


 そう言って背を向けると、後ろから抱きしめられた。


「ウェイン?」


 一瞬のことだった。何事もなかったかのようにウェインは体を離した。振り向けば、持ち場に戻っていくのが見える。

 彼なりのアプローチの仕方なんだろう、とルーは理解する。これがグリードなら、唇ぐらい奪われている。

 賭けについて、少し早まったかな、と背中を見送りながらルーは思った。

 力づくでなく、体を重ねただけはだめ、とした時点で心を狙われるのはわかっていた。直接的に体を狙ってくる分はかわしやすい。

 が、正攻法で落とそうとしてくる彼らを遠からず傷つけてしまう。手練手管を使って陥落させる場合はともかく、今回は逆だ。


 ――本気になられる前に手を打たないとなぁ。


 ルーは頭を掻いた。

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