【逃亡編】4.夜走る
※20151206 改行位置修正
今日の目覚めは遅かった。突発三連休の初日ってことでつい夜更かししたみたい。おかげで、目が覚めた時には日が変わっていた。
リュウは昨日と同じで荷台に横になったまま目を閉じている。
「リュウ?」
「……サーヤ?」
薄く目を開けたリュウは、つらそうに体を起こした。
「そのまま寝てていいわよ。ごめん、来るのが遅くなって」
「大丈夫。……水もらえる?」
あわててあたしは奥の水樽にカップと水筒を持って走った。水筒を水で満タンにして、カップにも注ぐ。
口に持っていくと、リュウは美味しそうにあっという間に水を飲み干した。体を動かすのが辛いせいだろう、水が欲しくても汲みにいくのもしんどいんだ。
「リュウ、水筒に水、詰めておいたから」
「ありがとう」
「食事、食べられそう?」
「……少しだけなら」
再び奥に行って、パンとチーズ、塩漬け肉を持って戻る。チーズと塩漬け肉を薄く切り取って、パンに挟んで食べる。ビリオラまでの日数が予定よりかかってるから、食料も水も切り詰めないといけない。
リュウもパンを半分ほど食べると体を横たえた。
「じゃあ、馬繋いでくるわね」
「大丈夫か? 俺がやろうか?」
「馬には慣れてるから平気。リュウはそのまま寝てて」
あたしは外にでて馬を馬車につなぎ直した。結構草が豊富な場所に繋いでたせいか、馬たちは元気で機嫌もよさそうだ。首をなでると気持ち良さそうに目を閉じる。
幌の中を覗き込むと、リュウは顔を上げた。
あたしはもう一度中に入って、水で濡らしたタオルを額に載せた。
「じゃあ、出発するね。何かあったらそのベル、鳴らしてね。結構強く鳴らしてくれないと聞こえないから」
わかった、と頭の上においたベルを一度鳴らす。止まっているときはちゃんと聞こえるんだけど、動いてるとどうしても蹄の音や車輪の音でかき消されてしまう。
少し名残惜しいけど、幌をきっちり閉めてあたしは御者台に乗った。
今日の昼間は晴れたらしい。昨日すっかり濡れた幌はからっと乾いていた。三つの月も煌々と輝いている。白い道が浮かんで見える。向かう方向を間違えないように確認して、あたしは馬車を走らせ始めた。
馬車を走らせながら、あたしはいろいろ考えを巡らせていた。
試練はやはり相当辛いらしい。
どれぐらい続くのか、ラトリーに聞いておけばよかったな、と思う。
最近では扉で足止めを食らうこともないし、旅の途中で出くわすこともない。もうあたしの前には現れないのだろう。
リュウに少しだけ聞いたけど、試練は人それぞれで違うらしい。
リュウの場合は猿猴――森の番人としての体をこちらの世界に作り出すわけで、必要な熱量は普通の人間に比べると大きいのだろう。リュウも「サーヤは人間だから俺よりは辛くないはずだ」と語っていた。
それに、現実の体には影響がないらしい。こちらの世界ではひたすら熱で寝ていても、現実の体はピンピンしているらしい。その上、トリムーンで眠っている間に現実の体と夢の中で語らうことが増えるのだそうだ。
その記憶が現実の体に残るかどうかはわからないけれど、今までのように、こちらのことを全く覚えられない、ということはないらしい。
眠っているリュウは今、現実の自分と何を語らっているのだろう。
そういえば、リュウの現実の体については聞いたことがない。あたしも現実の話はしない。
現実のあたしと現実のリュウが出会って、しかも運命の相手だったりしたら面白いのにな、と少しだけ思ったことはある。
むしろ、トリムーンで見つけた運命の相手の現実の体が、彩子の運命の相手なんじゃないか、とさえ思ってた。
今は――そうとは限らないとわかってるけど。
「そのうち……聞いてみようかな」
それは、あたしが試練を受けたあとの話だ。
もし、彩子の知り合いがリュウの現実の体だったら――きっとあたしは彩子にやきもきしてしまうだろう。できることなら教えてしまいたくなる。
でもそれじゃだめ。
あたしがリュウを選んだように、彩子も自分で選ばなきゃ。
今は少しでも先へ進まなければ。
空が白み始めるまで、あたしは馬車を走らせ続けた。
少し短めです。




