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88.夜警の朝

※20151206 改行位置修正

 日が昇ると、野営地は賑やかになってきた。

 号令がかけられ、天幕の撤去と朝食の準備が始まるのだ。ルーは篝火を消し、ラティーとともに馬車に戻った。次々に仲間たちが天幕の資材を手にやってきた。


「……おはよう」

「おはよう。早いな。夜警おつかれさん」


 口々に挨拶を交わす。前者はルーが寝るはずだった天幕のメンバー、後者はグリードやもう一つの天幕のメンバーの挨拶だ。ルーはバツが悪そうな彼らを鼻であしらった。


「さあ、とっとと顔洗って、向こうの天幕も持ってきて」


 おう、と切れ悪く応じてそそくさと去る彼らに、ラティーは「なんかあったの?」と耳打ちする。


「ああ、まあラティーが想像してるようなことよ」

「あーなるほど。だから寝ずの番、グリードと代わったんだ」

「そう。ごめんね。勝手するけど」

「べっつにー。昼間におねーさんの寝顔見られるならいいよ」


 ませガキ、というとラティーは舌を出した。いいも悪いもまだ少年だ。

 天幕の資材を全部収めると、今度は食事の用意だ。食材を持ってきたラティーに、ルーは「大変!」と声を上げた。


「何? 何か忘れ物?」

「違う、今朝の食事当番、あたしだった。ごめん、ラティー。あと任せていい?」

「うわ、そりゃ大変だ。いいよ、行ってきて。あとは整理して炊事用の道具の場所を作るだけだから」

「ごめんねー」


 ルーは両手でラティーを拝むと、食材を抱えて幌を飛び出した。

 炊事場に着くと、他の三人がすでに火をおこしていた。


「おはよう、ごめんね、当番なのすっかり忘れてて。昨夜下ごしらえしておいたから、多少は手間が省けると思うけど」


 三人のうち、赤毛のメローズが顔を上げた。確か騎馬隊の一人だ。


「ああ、グリードから聞いたよ。焼いた鶏肉とゆでたまごだろ? ありがとう。パンに挟むんだよね?」


 四角い顔の上に結構しっかりひげを蓄えてる。タンゲルよりよほど年上に見える彼は屈託なく笑う。うん、これで騎士団とかに入ってたら間違いなくモテまくるタイプね。筋肉がっちりだし。


「そう、パンはこれをスライスしてくれる? 少し固くなってきてるから切りやすいと思う」


 抱えた箱の中から丸いパンをいくつも皿に積んでいく。


「分かった。ゆでたまごは?」

「そのまま一人一個出そうと思って。塩はまだあるわよね?」

「ああ。カール、塩取ってくれ」

「ほいよ」


 かまどのそばで湯の当番をしてた金髪の青年が立ち上がり、小袋を持ってきた。


「使いすぎなければ大丈夫ね。今日泊まる街で仕入れられるはずだから」

「分かった」


 あとは生で食べられるものはないので鍋に油を入れて野菜とベーコンを炒める。これはお湯の番をするついでにカールにお願いした。その間に大きな布袋に茶葉を詰め込み、湧いた湯の中に放り込む。二十二人分の紅茶を一度に入れるのはこれしかない。味は二の次。

 茶は火からおろして、別の小鍋に湯を沸かす。銀の馬車のお客人は繊細な舌の持ち主らしくて、きちんと紅茶を入れないとドラジェが飛んでくるのだ。

 皿はないのでチキンサンドは紙で包んでいく。野営地の撤収が終わって身だしなみを整えた者から食事をとりに来るので、チキンサンドとカップの紅茶を渡す。ゆでたまごと塩は調理台に山にして、食べたい者だけ一人一個、とした。


「じゃあ、これ。銀の馬車の二人分、持っていって」


 上品な香りの紅茶が入ったところで、メローズが紅茶のポットと茶器、食事を盆に乗せてルーに差し出してきた。


「あたし? 昨日行ったらえらい剣幕で怒られたんだけど、他の人に行ってもらったほうが」

「ああ、昨日聞いた。でも、ドラジェさんが今朝、食事は女性に持ってこさせろって」


 ルーは眉根を寄せた。中の人物が女性なのはすでに知っている。昨日すごい剣幕で怒ったあと、顔を合わせてない。昨夜の食事の時もルーは持っていっていない。


「そう。……ドラジェさん、馬車で待ってるって?」

「ああ、そう言ってた。お客人の分の食事は自分が受け取るからって」

「へえ」


 ルーは目を見開いた。一応、昨日怒鳴った内容は聞いていたわけだ。


「わかった、じゃあ持っていくわ」


 すまんね、とメローズに見送られてルーは銀の馬車へ向かった。

 馬車の前ではドラジェが待っていた。あいかわらず吹けば飛びそうな枯れ木爺だ。見れば機嫌はあまり良くない上に寝不足のようだ。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。――食器はあとで三番目の馬車に直接持っていく」


 ルーは目を見張った。つまり、食器を引き取りには来なくていい、ということだ。昨日の昼食を配るのが遅くなったので食器の回収は次の休憩時間にずれこんだが、その時もドラジェは取りに来ないとルーをなじったのに。

 昨夜は上品なティーセットを天幕に持ち込んでそのままだったから、今朝は他の護衛たちと同じ金属のマグカップを添えてある。それについても苦言が出るかと覚悟はしていたが、特にお咎めもない。


「はい、わかりました」


 頭を下げるとルーは踵を返した。





 食事を終えて炊事道具も片付けると、ルーは馬車に戻った。


「おつかれー、ルー」


 御者台からラティーが声をかけてくれる。


「ありがと。……って、ラティー? 昨夜寝ずの番だったのに、伝令役なんて大丈夫?」

「あはは、大丈夫。お昼まで頑張るから、そのあと交代してね?」

「それは構わないけど……じゃあ後ろにいるのってグリード?」


 馬の手綱を持っているのはウェイン。ということは残るは彼しかない。


「そ。なんかねぇ、昨夜結局天幕に戻っても眠れなかったらしいよ?」

「えっ? なんで? ウェインのいた天幕に戻ったんでしょ?」

「それがねえ、ルーが寝るはずだったあの天幕に行ったんだって。で、いろいろあってねー。ま、そのあたりは本人から聞いてよ」


 けらけらと笑うラティーに、ルーは首を傾げながらもうなずいて幌をめくった。

 グリードはすでにベンチに横になっていた。荷物が少し減って、奥の方にも体を横にできるスペースができている。

 そっとグリードに寄ってみると、毛布を抱き込んで気持ち良さそうに寝息を立てている。起こしても悪い、とルーは自分の毛布を取り上げて反対側のベンチに座った。

 今日の夜も寝ずの番だ。生活を昼夜逆転させてしまえばなんてことはない。毛布を口元まで引き上げて目を閉じると、疲れと緊張もあいまって、あっという間に眠りに落ちた。

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