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86.オードとミリオン

※20151206 改行位置修正

「教会の治癒師の方がいらっしゃるとは、珍しいことですな」


 オードは珍客を迎えてにこやかに答えた。


「ええ、治癒師は普通教会から出ませんからね。回復魔法を扱える治癒師は、いろいろな意味合いで狙われていますから」


 珍客――亜麻色の髪を腰まで伸ばし、青いラインが入った白いローブを着込んだ若い男は、晴れやかな笑みを浮かべている。ここに女性がいたならば、一瞬で恋に落ちたかもしれない。そんな妖艶な笑みだ。


「そうですね。教会は力ある者たちを保護するための機関でもありますから」


 オードは立ち上がるとソファへ促した。男は素直にソファに腰を下ろした。


「お茶をお淹れしましょう」


 ティーセットの置いてある棚へ歩み寄り、オードは茶の準備を始める。湯をポットに注ぐと、馥郁たる花の香りが部屋に広がった。


「どうぞ。――お好きと伺いましたのでな」


 手渡されたティーカップに視線を落として、治癒師は細い眉をひそめた。

 それは、トリエンテではめったに口にすることのない、花茶だった。王都では主に貴族や貴婦人が好んで口にする、高級な嗜好品である。

 治癒師の表情に、自分の悪戯が成功したことを確信してオードは口元をゆるめた。


「ピコ殿の代わりに派遣されたテキーラという治癒師がどんな方なのか、興味がありましてな」


 治癒師は黙したまま、茶を口にする。


「まさか――貴方が遣わされたとは思っておりませんでした、ミリオン殿下」


 治癒師の動きが一瞬止まり、ゆるゆるとティーカップを持った手が膝に降りていく。空いた片手で両目を隠すように額を押さえると、治癒師はため息をついて口を開いた。


「ピコから聞いたのか……?」


 手を下ろした治癒師の顔からは、柔和な笑みは消えていた。感情のない冷たい美しい顔が覗く。


「いえ。ピコ様からはテキーラという治癒師がくる、とだけ伺ったのみです。でも――正体を隠すおつもりはなかったでしょう?」


 確かにトリエンテはかなり辺境の町だ。王都からは馬車で十五日もかかる上に、深い森と切り立った山、広がる砂漠に覆われた、不毛の地。こんなところだからこそ、王族が素顔を晒して無事でいられる。


「ええ。私はこの姿でテキーラという名前で治癒師として登録されています。顔を変えるわけには行きませんでした」


 そのくらいならば王族の権力でなんとでも出来ただろうに、とオードは目の前の男を見つめる。諜報員としての機能も担うのであればなおのこと。


「貴方は諜報活動に向いていませんね。素直すぎます」


 オードは思ったことを正直に口にした。


「ええ、よく言われます」


 くすりと笑って、ミリオンはティーカップを机に置いた。


「では、ミリオン殿下がわざわざここにおいでになった理由を伺ってもよろしいですか?」


 ええ、とミリオンはうなずいた。


「ピコがこの街で何をやろうとしているのか、見てこいと言われましてね。ちょうどトリエンテの参事会より治癒師の派遣要請が教会側にあったので、利用させていただきました」


 なるほど、とオードはうなずいた。ピコの依頼を受けて治癒師の派遣を要請したのはオードだった。ある程度は条件をつけたが、複数の候補の中で最終的に彼を派遣することに決めたのは教会だ。


「では、ピコ様が不在の間にいろいろ探ろうというおつもりですか?」

「ええ、まあ。一応そういう目的で潜り込んでいますからね。ただ、ピコにまつわる人たちの多くは街を離れてしまった。だから、あなたに会いに来ました。ハーリ・オード」


 ミリオンの言葉に、オードはまっすぐその視線を受け止めた。


「私はピコ様のお手伝いをしているだけです。何も語りませんよ。それよりも、街中に出て、彼の話を聞くといいでしょう。彼がこの街で何をしようとしているのか、どんな街にしようとしているのか。それは街の者たちのほうがよく知っております」

「街中の……」


 ミリオンの細く美しい眉がひそめられる。


「そうです。ピコ様が『風来坊の治癒師』として市井の者達に慕われているのをご存知ですか?」


 治癒師はうなずいた。


「ではなぜ、彼が教会所属になることを望まず、風来坊として治癒を施しているのかもご存知ですか?」

「それは……自由に活動できなくなるからだろう?」

「それもあるでしょう。ですが、それだけじゃない。ピコ様は、風来坊として治癒をした場合は決して代金を受け取りません。薬を使った場合は薬代を受け取ることはあっても、治癒師としての対価を受け取らないのです」

「ああ。――教会の誰かが言っていたな。教会の秩序を守らない奴がいる、と」


 ミリオンは少し目を眇めた。オードは首を振った。


「教会の治癒は布施の金額も高く、貧しい者には利用できません。それに治癒師の数も限られていて小さな村には教会自体がないところもあります。現に、トリエンテの近隣四村は、教会の建物はあれど治癒師はおらず、薬師が薬を置いているだけです。本当に必要な人に治癒の力が届かない。――ピコ様はそれを許せなかったのです」


 ミリオンをちらと見るが、彼は特に口を挟もうとはしていないようだ。オードは続けた。


「治癒師は数が少なく、どこかへ出かけていって治癒するとなると治癒師本人を狙う者達から自分の身を守らねばなりません。それに、治癒にかかる負担は大きい。それなりの対価をもらうべきだ、という教会の言い分もよくわかりますが。――ミリオン殿下、ピコ様が治癒師として治した街の者たちからどうぞ話をお聞きください。王都にいては見えてこない辺境の問題点も分かるかもしれません」


 そこで一度言葉を切り、オードはすでにぬるくなった花茶で唇を湿らせた。


「辺境だろうとそこには人が住み、生活を営んでおります。この街をより良くしようと頑張っている者たちがおります。私は、彼らの味方です」


 それが私の誇りです、とオードは胸を張った。

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