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8.小さき友

※6話までとリュウの口調が違っていたので、修正しました。申し訳ありません。

※20151206 改行位置修正

「大丈夫?」

「はいっ」


 風景がびゅんびゅん後ろに飛んで行く。風切り音と葉ずれの音に負けないように大きな声で返事をする。

 あたしはリュウさんの背中に背負子でくくりつけられた形で運ばれていた。


 ――すごいすごいすごい!


 後ろ向きのジェットコースターなんか目じゃないスピード。三つの月の光があるとはいえ、生い茂った樹々の合間を縫って縦横無尽に走っていく。

 背負子はリュウさんが作ってくれたもの。あの小屋で作りかけだった道具って、これだったんだよね。振動が腕の傷に響かないようにクッションまで挟んでくれてる。

 不意にリュウさんが足を止めた。風切り音もリュウさんの息遣いも消えて無音になる。あたしの普通の耳ですら遠くの音まで聞こえる。


「リュウさん……?」


 おそるおそる後ろを見ようとすると、リュウさんは手で合図を寄越した。耳をすませて音を聞いているらしい。


「サーヤさん、ちょっとだけ寄り道するけどかまわない?」

「はい」


 それまで進んでいた樹上のルートからもっと低い位置の枝へと飛び移る。

 枝を渡り歩くたび、わっさわっさと木が揺れる。途中の太い枝で一度立ち止まると、リュウさんは「耳を塞いで!」と短く言ってきた。左手動かせないのに……とっさに右手で右耳を押さえると、頭をひねってクッションに左耳を押し当てる。

 一瞬遅れて轟音が鳴り響いた。背負子を伝って震える音が伝わってくる。これ、猿猴えんこうの咆哮だ……。

 声に反応して鳥が飛び立つ音、獣の足音が聞こえてくる。その中をリュウさんは探しているんだ。音、いや気配を。

 あたしも耳をそばだててみた。あたしは特殊な耳を持ってないけど、もしかしたらなにか聞こえるんじゃないかって。

 透明な……鈴のような音が聞こえた気がした。今いる位置からだと進行方向にもう少し進んだ辺りだと思う。


「今の音……」

「サーヤさんにも聞こえた? じゃあ、行きますね」


 スピードを落としてリュウさんは進んでいく。そして、少し空が見える開けたあたりでリュウさんは地上に降りた。


「ここは……?」


 リュウさんは背負子を肩から下ろした。落ちないように固定されてるあたしは背負子と一緒に下ろされた形になる。後ろ向きなので、前に何があるのかはわからない。でも、りーん、と透明な音は続いている。


「何の音……?」

「あれ、客連れ? それともおまえの彼女コレ?」


 リュウさんじゃない人の声。……男の人かな、なんだか幼く聞こえる声。


「黙ってろ。番人の仕事だ。それに失礼なことを言うな」

「へいへい、おじょーさん、ダンナお借りしますねぇ~」

「ばっ……」


 幼い声の持ち主はあたしに向かって言ったみたい。


「焦るダンナを見られるとは、なかなか面白いねえ。そういう顔もするんだねえ」


とけらけら笑っている。あたしはなんとかしてこの拘束から逃れようといろいろやってみたけど、がっちり留められてて動けない。


「バカ言ってないで、ほれ。いつもの」

「へいへい、ありあとやんした。んじゃこれな」


 金属音がする。何の取引をしてるのかわかんないけど、商売相手みたいね。


「んじゃ、ちょっくら挨拶をば……」

「おいっ」


 何が起こってるのかよくわからなかった。でも、いきなり目の前に人が現れたのにはびっくりした。


「きゃっ」


 上から落ちてきたわけでなく、歩いて来たわけでなく、いきなり目の前にぽん。

 暗い色のフード付きコートを羽織ったその人物は、宙に浮いていた。月の光の下でも白く浮かび上がる顔と金の絹糸のような髪の毛。身長はあたしより頭一つ分低いくらいかしら。


「えっ……」

「こんにちは、お嬢さん。ボクはねえ、ピコット・ルージオ・レイシャン。ピコって呼んでね。リュウとは友達の……おっと」


 伸びてきた毛むくじゃらの腕を宙に浮いたままひょいひょいと避ける。


「誰が友人だ。彼女に近寄るなっ」

「いーじゃんよ、長い付き合いだろ? ボクら。リュウが小さい時から知ってるんだからさ」

「あの……ピコさん、浮いて……ますよね」

「ピコって呼んでよ。うん、消えることも出来るよ」


 そう言うやいなやピコの姿は消えた。


「見えないだろ? でもここにいるんだなー」

「きゃっ」


 いきなり脇腹をつつかれて、あたしは身体をよじった。


「ピコ、おまえっ!」

「あー、冗談冗談、じょーだんだってば。リュウ、怒るなって」


 元の場所にピコはふよふよ浮いている。


「ピコさん、あの……魔法が使えるんですか?」

「ピコだって。呼び捨てにしてくれなきゃ答えなーい」

「おまえなあ……」


 捕らえるのを諦めたリュウさんが頭を抱えてる。


「じゃあ……ピコ。あなた、魔法使いなの?」

「いえーす」


 人差し指を伸ばし、フードをつん、とつついた。とたんにフードはめくれ、彼の頭部を月の光に晒した。青い瞳がきらめく。耳が少しだけとがってるのがわかる。


「ボクには妖精族の血が流れてるからね」

「お、おい。ピコ。そんな話、この人にしてもいいのか? というか、魔法を人に見せるのはご法度だろうが」


 そうだ。魔法は禁忌の術。人に見られてはいけないという……。

 しかし、ピコは伸ばした人差し指を左右に振ってみせた。


「リュウ、頭がかたいねえ。リュウの彼女コレなら家族も同然じゃないさー」


と言いながら小指を立ててみせる。こういう仕草ってこっちでも同じなのねえ。


「だから違うって。この人は森の中で見つけたけが人なんだよ。トラントンまで送っていくだけの」

「そう、だから……」


 答えながら、少しだけ胸が痛む。そう、それだけの関係なんだよね。


「そうかなぁ。そうは見えないけど」


 ニヤニヤしながらあたしとリュウさんを見比べてるピコ。あたしは思わずリュウさんと顔を見合わせ……あわてて顔を逸らした。やだ、顔が熱い。


「か、からかうなっ!」


 リュウさんの拳が空を切った。ピコは、ふわふわ空の上に浮かび上がる。あ、背中の透明な羽が見えた。月の光を受けて青く光ってる。


「ああ、リュウをからかうネタが見つかって嬉しいなあ。ねえ、お嬢さん、名前教えてもらっていーい? ボク、また会いたいなあ。個人的に」

「え、ええと」

「サーヤさん、本気にしないでね。こいつはこんな軽い男ですからっ」

「サーヤっていうのかぁ。かわいい名前だねぇ~」


 あたしが答えるのを迷ってる間にリュウさんが墓穴を掘り、ピコは嬉しそうに空中で踊り始めた。


「ピコ、もうおまえは帰れっ!」


 リュウさん、真っ赤になって腕を振り回してる。でもピコはひょいひょいかわして、


「はいはい、帰るよ~。また明日ね~」


と、ひらひらと手を振って消えた。


「まったくもう……サーヤさん、すみません。幼なじみが失礼しました」

「いえ、大丈夫です。……いいお友達ですね」

「単なる悪友ですよ。ほんとにろくなことしない奴で……。ああ、すみません。背負子から外すの忘れてて……休憩にしますか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「じゃあ、行こうか」

「はい」


 リュウさんが視界から消え、背負子が動き出す。

 今回のトリエンテ行き、道に迷ったり怪我をしたりラトリーとはぐれたり、散々だと思ってたけど、面白くなりそう。





 今朝はスッキリ目覚めた。額を触ってみたけど熱もない。よかった、今日は出社できる。月曜日になると元気になるのはなんだろ、職業病みたいなもんかな。

 土日結局ずーっと寝てたけど、なんだかいい夢を見た気がする。全然覚えてないんだけど、気持よく寝たなあって感じ。

 あと三日出たらお休みだ。土日に進めるつもりだった部分はこの三日でなんとかできるはず。うん、なんだか今日はバリバリ働けそう。

 シャワって気合入れて化粧もして、今日はスーツでビシッと決めていこう。

 忌々しいクリスマスも終わったし、もういくつ寝るとお正月だもんね。

 今年も田舎に帰らないって決めたし、ゲーム三昧のただれた正月にしようかな。それとも映画三昧にしようか。録画したドラマもアニメも消化してないからまとめて見るのもいいよね。

 久しぶりの固形物を味わいながら、あたしは顔がにやけるのを止られなかった。

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