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85.夜這い

タイトルはアレですが期待しないでください。

※20151206 改行位置修正

 朝食の仕込みが終わって天幕に戻る途中で寝ずの番をしていたグリードが手を振っているのが見えた。

 夜食に使える食材があれば適当に差し入れを作るのだが、流石に勝手はできない。明日の夜には次の街に入るのだが、朝と昼、それから休憩の際の果物が足りなくなると困る。


「ようやく寝るのか?」

「ええ。かまどの火も篝火も消してきたから大丈夫よ」

「そっか。――気ぃつけてな」


 にやりと笑ってグリードはルーの背中をぽんと叩く。


「右側の天幕だったわよね。ありがと」


 向こうの方でラティーが一生懸命手を振っている。ちょっと離れているそこまでは行ってあげられない。ルーは彼にも手を振ると、天幕に向かった。





 天幕をめくって、ルーは後悔した。

 天幕の窓から入る月の光で天幕の中の様子はよく見えた。

 おそらく、足音でルーが戻ってくると知っていたのだろう。男たちは毛布を被って寝た振りをしているのがバレバレだ。しかも――足と手が多い。

 確かこの天幕にはルーを除けば五人しか割り当てられていないはず。いかに寝相が悪くても、手と足が十二本以上になることはない。

 堪えられなくなってルーはくすくす笑い出した。寝ている前提の男たちに遠慮はしなかった。


「あんたたち、起きてるんでしょ? こっちに六人いるなら、あたしは向こうに寝るわね」

「ほらみろっ、バレたじゃねーかっ」


 誰かが毛布の下で悔しそうに吠える。ルーは声のしたあたりの毛布を力任せにめくった。慌てた男が声を上げる。


「そもそもねぇ、グリードから聞いてないの? 夜這いされたらあたしの一人勝ちだって」

「――そんなの、関係あるかよっ。女が隣に寝てて欲しくならねぇ男はいねぇ。そんなのは男じゃねえ!」


 別の男が毛布をはねのけて起き上がった。目がギラついてるのが薄暗闇のなかでも感じられる。


「あらそう? 他の人たちも同じ意見? なら、あたしは馬車で寝るわ」

「おい、そりゃ反則だろっ」


 男の怒号が飛ぶ。


「反則? この状態がすでに反則よねぇ? 今ここに何人いるのよ」

「知るかっ」


 男が突進してきた。ルーが身軽にかわすと、男は天幕の外に転がりでた。


「で、他の人たちも同じ意見ってことでいいのかしら?」


 中の面々に声をかけると、諦めたように男たちは起き上がり、毛布から顔を出した。頭の数は……七つ。飛び出した男も含めて八人がここに潜り込んでたわけだ。


「――こういう賭けは条件守らなきゃ面白くねぇ」

「抜け駆けはずるいよなぁ」

「まあ、それでも抱きたく気分は俺もわかるけどさ……でもなあ」


 口々に男たちは顔を見合わせながら言う。その大半は決まり悪そうな表情をしている。


「そう、じゃ、やっぱりあんたたちと一緒に天幕で寝るのは無理ね。――今日からあたし、夜警専門になるから」

「は?」


 転げ出た男が戻ってきてルーは手首を掴まれる。その手をぐりっとねじり、バランスを崩したところで足払いをかけて前のめりに倒す。


「ぐえっ」

「王都に着くまでずっと寝ずの番になるわ。その代わり、昼までは馬車で寝させてもらうけど。それならあんたたちに束で襲われる危険も減るしね。ウェイン、こっちにいる?」


 反応はない。おそらくもう一つの天天幕の方だろう。


「そんな、勝手にしていいのか?」

「別にかまわないでしょ? 寝ずの番はそれぞれの馬車から二名出すように言われてるだけだし。その片方が常にあたしでも、問題はないわよねぇ?」

「ま、まあ、確かに……」

「でも、それじゃ……」


 焦れたように言葉を重ねる男たちに、男を押さえつけたままのルーはニッコリ笑った。


「こういう事態になったんだもの、仕方ないわよね?」





 なんとか男を黙らせて天幕を出ると、篝火の近くでグリードがこっちを向いていた。なんとなくニヤニヤされてる気がする。


「ルー、寝ないのか?」

「うん。グリード、当番代わって」

「――あぁ?」


 グリードは顔をしかめる。


「天幕で寝ろって。――寝るところなかったのか?」

「うん、賭けの条件、飲めないってやつがでてきてねー。賭けなんか関係ない、女が隣にいたら欲しくなるのは男として当たり前だとか言って襲ってきたから返り討ちにしちゃった」


 ルーはぺろりと舌を出した。


「あー、さっき天幕から蹴り出されてたの、アリの野郎か。やっぱりなぁ。条件の話した時に全然納得しなかったから、なんかやらかすんじゃないかとは思ってた」

「――ホントなら賭けはあたしの総取りだけど」

「勘弁してくれよぉ。てか、賭けぐらい提案しとかないと、ほんとにあんた、襲われてたぞ?」

「力づくだろうがなんだろうが寝たら勝ちのルールにしてた人に言われたくないわよ」


 頭を抱えるグリードに、ルーは毒づいた。


「そりゃそうだけど、でも女一人なのは自覚してたろ? それぐらいは覚悟してるもんだと思うぜ普通?」

「ザジと一緒だから安心してたのよ。もうちょっと理性的かと思ったんだけどね」

「そりゃ無理だ。護衛の仕事を選ぶ奴なんざ、自分の感情と欲に正直な奴らばかりだぜ?」

「とにかく!」


 グリードと話してても平行線だ。ルーは話を切り上げた。


「今日から寝ずの番は王都に着くまでずっとあたしがするから。それなら、夜に集団で襲われる可能性は減るもの」

「いいのか? それで。昼寝られるって言っても、移動中にうたた寝できるかどうかぐらいだぞ?」

「他の寝ずの番も同じ条件でしょ? 休憩の時の荷物運びや天幕の設営、食事当番からは外して欲しいけど、人手がたりないならやるし」


 しかしグリードは首を縦に振らなかった。


「王都に着くまでって……半月もあるんだぞ? 大の男でも音を上げるって。やめとけ。お前死ぬぞ」

「大げさよ。それに御者台の当番じゃなきゃ後ろで寝てても文句言われないでしょ?」

「お前……それ、俺とラティーとウェインが絶対お前を襲わないって思ってて言ってるだろ」

「ううん、襲わない、じゃない。襲わないでね? って思ってる」


 ルーがにっこり笑うと、グリードは顔を赤くして、それからため息をついた。


「お前――質悪ぃなぁ」


 後ろ頭を書いていたグリードの手が伸びて、ルーは首を抱き込まれた。そのまま唇を塞がれる。


「ちょっ、グリ――!」

「――わかったよ。協力してやる。その代わり……一度ぐらい抱かせろよ」


 耳元で囁く男の本気の声に、ルーは力を込めて男の体を突き放した。色気たっぷりの声にぞくっと身が震える。


「だめ。ザジに殺されるよ?」

「は、あんな優男――」


 グリードの声が途切れた。


「誰が優男だって?」

「ほら――甘く見ないほうがいいと思うな」


 ザジがグリードの背後に立っていた。抜き味の短剣が喉元につきつけられている。


「じゃ、おやすみなさい、グリード。明日からよろしくね」


 チッと舌打ちして、グリードは天幕の方へ向かった。天幕の中で一悶着あったのは風に流れてくる声でわかった。


「で、どうした?」

「天幕で襲われそうになってね。王都に着くまで寝ずの番することにした。昼間寝ればなんとかなるし」


 篝火の前に座り込んでルーはザジに笑いかけた。


「それに夜のほうが都合がいいしね。それにしてもザジ、すごいタイミングで来てくれたわね」

「ああ、なんか声が聞こえたしね。向こうの警備やってる奴らもビクビクだし、様子見てくるって言って来た」


 ルーは苦笑を浮かべた。さっきのあの男の吼え声が向こうまで響いたんだろう。ドラジェたちが目を覚ましたりしたら面倒だ。


「まあ、明日からは大丈夫でしょ。ごめん、ありがとう」

「あんまり無理するなよ」


 ぽんとルーの頭を叩いてザジは向こうの野営地に戻っていった。

 ようやく一人になれて、ルーはほっと肩の力を抜いた。

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