83.野営準備
※20151206 改行位置修正
度々の休憩を挟んで、日が傾きかけた頃に野営の指示が来た。
それにしても、休憩のたびにあの天幕張るのは参った。そのためだけに半刻も無駄にさせられる。ドラジェ曰く、客人が馬車での長距離旅行に慣れてないからだ、というけれど、じゃあその『王都から来たお客人』は一体、トリエンテまでどうやって来たんだ?
半月かけて馬車で来たんじゃないのか?
ドラジェの言い訳がどんどん言い訳がましくなっていく。護衛ごときに見せたくないやんごとない人物なのかもしれないが、それなら王都から来た時の護衛をそのまま使えばよかったんじゃないのか。
ザジはイラつきを隠せずに野営のための資材を受け取りに最後尾の馬車に向かう。
そういえば騎馬隊以外の護衛は休憩の合図が来る度にいそいそと最後尾の馬車へ集まる。こんな面倒な仕事、嫌がりそうな奴らばっかりなんだが、微妙に目の色を変えて急ぐ様子が気になる。
野営までもが街道を挟んで左右に分かれて設営するという。
騎馬の六人は馬の世話に行ってしまったから、いつもの天幕に加えて騎馬隊六人分の寝床も作ってやらなければならない。
普通は面倒だなんだと愚痴をこぼすものだが、いそいそと荷を受け取り、所定の場所へ運ぶとまたいそいそと列に並ぶ。
――おかしい。明らかにおかしい。
ザジは荷を受け取りに列を進んだ。
その先には――馬車の中から荷物を渡す役目をルー一人でこなしている。重たい支柱や天幕の布地なども、ルー一人が奥から引っ張り出して彼らに渡しているのだ。
「おい、ルー。他の奴らはどうしたんだよ」
荷物を受け取る前に声をかけると、ルーは苦笑しながら顎で道の向こうを指した。つまり、客人の天幕を作るのに行ったまま帰ってこない、ということだ。
仕方なくザジは馬車に乗り込んだ。他の奴らが「抜け駆けすんなよ」とか「お前だけずるいぞ」とか口々に言っている。
――そんなに手伝いたいならさっさと馬車に乗り込んで手伝えばいいだろうが。
いろいろ頭に来て、ザジは荷物を奥から引っ張ってきたルーの手を取ると、荒い息をしているその口を塞いだ。
「んっっ!!」
荷物がどさっと足の上に落ちる。幸い軽い荷物だったようで、全部無視してザジは口内を貪ると深く深くくちづけを続けた。
抵抗されるかと思ったが、ルーはザジの腕にすがるように袖をつかむのみだ。
「てめぇ、見せつけてねぇで早く荷物渡しやがれっ」
護衛の誰かがやじを飛ばす。ルーの体から力が抜けるのを確認してから、ザジはようやく唇を離した。
「ザ……ジ……」
興奮して真っ赤な顔をしたルーが上目遣いににらみあげる。中身が男だと知ってなきゃ腰が抜けるほどの姿態だ。事実、観客の中に前かがみになる者が出た。
「見せつけて何が悪い。これは俺のだ。手を出そうとする奴がいるなら先に言っといてやる。手加減はしねぇからな。遺書書いとけ」
そう言い放ってもう一度唇を啄む。
「お前も、大変なら誰かに手伝ってもらえ。誰かが選べないなら俺を呼べ」
「う……ん」
腰が抜けたルーをベンチに座らせて、ザジは奥から次々荷物を運び出した。護衛の面々はにやにやする者もいれば悔しそうに睨みつける者もいる。自分の知らないところで何かが起こっている、としか思えない。
野営に必要なすべての資材と、今日の板飯の材料を渡し終えると、護衛たちはそれぞれの仕事に散っていった。
今日の晩飯当番は一番目の馬車の四名。ザジは入っていない。
くたっと力を抜いて座るルーの横に、ザジは腰を下ろしてルーの体を抱き寄せた。
「ありがとう……助かった」
耳元で囁く声はピコのものだ。
「あいつら、何やってんだ? お前ばっかりに重労働させやがって」
しかしルー=ピコは首を振った。
「この程度で音を上げてちゃ護衛は務まらないよ。そうでなくとも男世帯に女一人だからね。隙を見せたら付け込まれる」
「――お前、貞操狙われてんのか?」
途端にルーは悔しそうな顔をした。
――わかりやすい。が、こんなに考えを表情に出す奴だったっけ?
「なるほどな。出発前にあれだけ煙幕張ってもダメってことは、どーせ賭けでもやってんだろ。――ピコ、身の危険を感じたらすぐ逃げろ。いくらお前が強いからって、束になられたらアウトだ」
「ああ、それはわかってる。幸い、この馬車は荷物が多い分、乗員が少ない。御者台に二人行くと、残りは二人だ。一対一ならなんとでもなる」
ルーは暗い目をしながらも言い切った。
「あとは夜警の時間と睡眠中か。お前んとこの当番は誰だ?」
「今日はグリードとラティーだ。それに夜這いは禁止させてる」
一瞬ザジは口を開けたまま凍りついた。
――禁止させてる? どういうことだ?
「お前――賭けに一枚噛んでるわけじゃないだろうな」
どすの効いた低い声が出た。ルーは目を伏せた。
「賭けの内容を聞いて、女を落とすのに正攻法以外でくる奴はクソだと言っただけだ。胴元には、夜這いされた時点で俺の勝ちだと認めさせてる」
目の前の女の形をしたピコをザジはじっと見つめた。
――たかだか十六歳のガキのくせに、なんでこんなに老成してんだ、このガキは。
くっくっと喉の奥が鳴った。
「お前――ほんとに面白いわ」
「――一応貞操の危機だからな」
面白くなさそうな顔をして、ルーは顔を上げた。
「そういう話になってんなら、まあいい。夜這いでなく合意の上だとか言い出したらぶん殴っていいぞ」
「了解。――で、そっちは?」
「俺は今日は寝ずの番だ。六人で道のあっちとこっちを守るのは結構大変だと思うんだがな……お客人の方に四人、護衛の方に二人配置される。俺はむこっかわだから……何かあったら俺を呼べ」
「わかった」
「あと、野営用の俺たちの天幕は二つで、寝ずの番以外の十人が六人ずつ寝る。場所は決まってないが、早いもん勝ちって話だ」
「ということは……」
ザジはため息をついた。荷物を運び出してすでにそれなりに時間が経っている。力自慢の護衛揃いだ、もう天幕は出来上がっているだろう。
「すまん」
ルーは首を振った。
「仕方ない。それにお前と接触できるタイミングが他にないからな。――あの客の情報だが、何か掴んでるか?」
ザジは目を閉じて首を振った。
「先頭の馬車から目を光らせてるんだが、全く分からない」
「そうか。――ドラジェが他人に見せたくない理由がもう少し分かればいいんだが」
「何かわかったら知らせる。――頑張れよ」
「ああ」
ルーの顔にはいつもの笑みが戻っていた。ザジはその頭をくしゃっとかき回すと馬車を降りた。
お忘れかもしれませんが、ルーの中身はピコです。
ご注意くださいませ(大汗