82.護衛
※20151206 改行位置修正
「あれ、放っといてよかったのか?」
一行から少し離れて付かず離れず護衛していた黒角族が口を開く。
木の上を行く赤の女王は「問題ない」とそっけなく答えた。
「助けろと合図は来ていない。要らぬ介入は敵に正体を気づかせるきっかけになる。それに、命に関わる危険なら、遠慮なくあの方はぶっ放すだろう」
「ぶっ……そりゃそうだろうけど」
その時では手遅れなんじゃないか、と言いかけてキーファは言葉を濁した。
「無論、そうなる前に我々が介入するがな」
だろうと思った、とキーファは肩をすくめる。
「それにしても……あれがまさかあれだとはな」
目の前でちょこまか走っていた金髪の女を思い出してキーファは絶句する。石牢の中でも女に化けるところを見せられたが、そのままの姿で諜報活動に入っているとは。
「あの姿もあの方のいつものお姿も、どちらも本当の姿ではないからな。好きなように弄れるそうだ」
「……よくやるよ」
呆れ顔でキーファはつぶやいた。男の性別のままで潜り込むのはそれほど辛くない。だが、女として違和感を感じないように演じるのは並大抵のものではない。
たとえそこに同種の女がいないとしても、仕草ひとつ、言葉の言い回しひとつで見破られることは少なくない。
「流れ者に身をやつして諜報活動をするのに離れてらっしゃるからな。女性の姿は初めてだが」
「へえ」
「女性の姿が必要な任務は私が就いていたからな」
キーファは目を見開いた。
「あんたが?」
「当然だ。何を驚く?」
「いやーーあんたは暗殺専門だと思ってたから」
改めて赤の女王を見る。黒装束は変わらないが、赤い髪を目立たないよう黒頭巾で巻いてある。口元も隠されて赤い目の部分だけが日光にさらされていた。
「今は赤の女王ではないからな」
イーリンはさらりと口にした。キーファはずっと抱いていた疑問を口にした。
「なあ。ーーあんた、なんであいつに従ってんだ? あんたほどの人が」
するとイーリンは面白くなさそうな視線をキーファに向けた。
「ーーつまらん質問をするな」
それ以上語るつもりがないのだろう、イーリンは別の木の枝に飛び移って距離をとった。
つまらない質問だったのだろうか、とキーファは黒い姿を目で追って首をかしげる。おそらく闇ギルドの人間であれば全員抱く疑問だ。
号令が聞こえる。また休憩に入るらしい。思ったよりゆっくりの行程になりそうだ。
キーファも口元を隠し、イーリンを追った。
馬に乗った傭兵らしき者たちが周囲を油断なく警戒している。イーリンの指示でキーファもいつもより距離を取っている。
他の護衛たちは馬車から降りてこない。食事のための休憩ではないようだ。
伝令役が各馬車から呼び集められる。ほどなくして伝令が馬車に戻ると、護衛たちがぞろぞろ降りてきた。銀の馬車はと見ると、木陰に移動させてある。
「まさか、ここに野営するつもりか?」
「かも知れん」
いつの間にかイーリンが近くまで戻ってきていた。
見ているうちに、一番後ろの幌馬車から荷物が引き出され、あっという間に白い布に覆われた天幕が出来上がった。休憩の度にこのようにして天幕を張るのだろう。
銀の馬車は天幕の向こう側にあり、他の護衛から目の届かないようになっている。
「ここで待て」
イーリンはそう囁くと姿を消した。あっという間のことで、キーファは彼女がどこに行ったのか分からなかった。
護衛たちは作業が終わると道の反対側の草地に足を踏み入れた。下生えの草は大して深くない。幌馬車が入れるだけ寄せて、全員幌馬車に乗り込んだ。
おかしい、とキーファは思う。護衛と護衛対象を道の左右に分断するなど、聞いたことがない。
天幕の周囲の警戒は騎馬隊の役目のようだ。
騎馬隊がいかに優秀だとしても、間を通る道を塞がれて襲撃されれば、道の向こうの護衛は間に合わない。騎馬隊だけで守らなければならなくなる。
その危険を承知の上で、ただの護衛たちが近寄らないようにしている。それは何故なのか。
あの男がーー今は女の姿だがーー銀の馬車に近づいたと知ったドラジェの剣幕からもうかがえる。
ーー恐らくは、ここにいることを知られてはならない人物。
となると、貴族か王族。その辺りだろう。ドラジェが同席を許されているのは訳ありだから。そんなところか。
もしくは有名な賞金首。
キーファはニヤリと顔を歪めた。もしそうならーー面倒でつまらないこの仕事もちょっとは楽しめそうだ。
さやと葉が鳴った。
「何かわかったのか?」
「いや」
短く答えが飛んでくる。
「休憩が終わるまであの銀の馬車から目を離すな。天幕から馬車に戻るまで、しっかり監視しろ。あとで詳細に報告を聞く。気取られぬように」
「わかった」
キーファはうなずくと静かに移動し始めた。




