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81.賭け

ルーちゃん、貞操の危機ですっ!

※20151206 改行位置修正

 タンゲルから号令が飛んで、馬車の列は一斉に止まった。


「何?」

「昼飯の時間だ」


 向かいのウェインが反応する。すぐにラティーが幌をめくって入ってきた。


「おっつかれ~。ランチ配るから手伝って」

「ランチ?」

「そ。奥の荷物の一番手前に箱があるだろ?」


 ルーはラティーの言う箱を開いてみた。ふわっと美味しそうな香りが広がる。中には小分けに包まれたものがいくつも入っていた。


「それと、そのとなりの白い箱、ここまで持ってきてくれる? あと水の樽」


 白い箱の方は数段小さく、複雑に封がしてある。


「この箱?」

「そう。それはドラジェさんたちのお昼。特別製なんだってさ。お客さんのぶんも入ってるって言ってた」

「へぇ」

「ほれ、早くよこせ。他の奴らが腹減らして待ってんだ」


 グリードがラティーの後ろからぐいっと手を出す。


「えっ、あたしたちで配るの?」

「そ。だから手分けしてとっとと配ろうぜ。俺も腹ペコだ」


 ウェインが小分けの弁当が入った箱をラティーたちのところに運ぶと、ラティーは抱えるだけの包みを抱えて走りだした。


「ウェイン、お前も配ってくれ。俺らの分残しといてくれよ」

「わかった」


 ウェインが馬車から降りるのと入れ替わりにグリードが乗り込んできた。比較的小さな水樽を引っ張りだしている。


「こいつは俺が運ぶから、お前はその弁当、ドラジェさんとこに持っていきな。男が運ぶより女のほうが喜ぶだろうよ」

「え、ええ、わかったわ」


 手に持った白い箱を落とさないように幌馬車を降りると、ルーは胸の鼓動が高鳴るのを押さえ込みながら銀の馬車に近づいた。

 馬車の窓は布で覆われたままで、中を伺うことはできない。なんとか肘で扉を叩くと、反応があった。


「ドラジェさん、お昼ご飯持ってきました。両手がふさがっているので開けてもらえませんか?」


 返事のように聞こえたのはか細い声だった。何を言っているのかは聞き取れないが、ドラジェの声でないことだけは確実だ。


「あの、お昼をお持ちしました」


 ドラジェは出てこない。周りを見回したが、ドラジェは見当たらない。


「どうした?」


 声に振り向くと、グリードが前から戻ってくるところだった。


「ちょうどよかった。ドラジェさん見なかった? 乗ってないのか扉を開けてもらえないのよ」

「あー、さっき前の方でタンゲルと喋ってたな。仕方ない。俺が声かけてみるから、中の人に受け取ってもらえ」

「ありがと」


 グリードは馬車の扉を激しく叩いた。が、やはり返事はか細い声しか聞こえない。何度かのやりとりのあと、グリードは肩をすくめてルーの側に戻ってきた。


「なんて言ってるの?」

「んー、開けるな、入らないで、と言ってる。ドラジェさんが戻るまで待つしかなさそうだぜ?」

「女の人なの?」


 しかしグリードは首を傾げた。


「そうかもしれん。が、わからん。中も見えないし。そういやお客が来たとは聞いてたけど、誰も姿見たこと、ないんだよな」

「そういえばそんなこと、誰かも言ってたわね」

「ドラジェの旦那がどうしても隠したいお客人なんだろうな。ま、しゃぁない。ドラジェさんが戻るまで待ってくれ」


 じゃ、と片手を上げてグリードは後方の馬車へ戻っていった。

 結局ドラジェが戻ってきたのは、出発の号令がかかる直前だった。


「ドラジェさん、中の人にお弁当、受け取るように言ってよねっ! 開けるなとか入るなとか言われて、あなたが戻ってくるまでずーっと待ってたんだからっ! 無駄な時間だと思わないっ?」


 戻ってきたドラジェに食って掛かったが、ドラジェはルーの手から弁当を奪い取ると鬼のような形相でルーに詰め寄った。


「中のお客人と喋ったのかっ!」

「声かけただけよっ。しかたないでしょう? ドラジェさん、中にいると思ってたし。そんなに大事なお客人なら、次回は自分でお弁当取りに来るか、弁当が配られるまで馬車で待っててよねっ!」


 怒りに任せてそれだけ言うと、ルーはドラジェの言葉も待たずに自分の馬車へと駆け戻った。





 幌を開けて乗り込んですぐ、馬車は動き出した。


「おつかれさん」


 声をかけられて顔を上げると、にやにやしながらグリードが座っていた。


「あれっ、交代したの?」

「ああ。ホントはラティーも交代の予定だったんだが、あんたが全然戻ってこないからな。ウェインと俺だけが交代した。飯、食ってないだろ?」


 差し出された包みは、卵の美味しそうな匂いがしていた。


「ありがと。助かったわ。それにさっきも」

「いいって。今の今までドラジェさん、戻ってこなかったみてぇだしな」

「見てたの?」

「ああ、御者台からちらっとな」


 包みを開くと中には黒パンのサンドイッチが入っていた。卵の香りが広がる。


「水もいるか?」

「うん、あるの?」


 ちょっとまて、と奥へ行くと、じきにグリードがカップに入った水を持って戻ってきた。


「ありがと」


 パンが少しパサパサなせいで、喉が詰まりそうになるのを流し込む。

 不意に手が伸びてきて、前髪を掴まれた。


「な、なにっ?」

「いや、食べるときに邪魔そうだなぁと思ってよ」

「気にしてないから、手を離して」


 にやにや笑いながらも前髪を掴む手を離さない。仕方なくそのままでサンドイッチを食べきると、カップの水を飲む前にその手から髪の毛をさらった。


「もう食べ終えたから」

「水、もう一杯いるか?」


 ルーは首を振るとグリードに視線を戻した。にやにや笑いのままのグリードに眉をひそめる。


「何?」

「んー、お前、男漁りしてんの?」

「――は?」


 ルーは目を見開いた。どこでどうなったらそんな話がグリードに伝わるのだ? そんな話はウェインとしかしていない。ということは……。


「ウェイン?」


 思い切り不快そうに顔をしかめる。


「当たり。全員の名前と顔を覚えようとしてたって聞いた」

「そりゃ、当たり前でしょ? 乱戦になった時に仲間の顔がわかんなきゃ間違えて切るかもしれないし」

「あー、まあな。そっか、ウェインは顔と名前は一回で頭に入るから、わかんねーんだな。多分」


 グリードはにやにや笑いをやめて納得したように頭を縦に振った。


「それに、あたしがいない間に加わったメンバーもいるし。他のメンバーにはちゃんと挨拶して名前も聞いてあるから間違えないけど」

「分かった分かった。ウェインの誤解はあとで解いとくよ。あいつ、お前に相手にされなかったってぶんむくれてたからよ」

「はぁっ? なにそれ?」


 相手にされなかった? ぶんむくれた? そんなのわかるかぁっ!


「あはは、まあ知らねぇもんなぁ、あんたは。面白いこと、教えてやろーか」


 ふたたびにやにや笑いを浮かべてグリードはぐいとルーの方に上体を突き出した。


「な、なによ」

「タンゲルは――知ってるな。あんたのお相手のザジと、あんたにだけは知らされてねぇことが一つだけある。あ、俺がバラしたってこと、他のやつには言うなよ? それから、ザジにも絶対言うなよ? 誓えるか?」

「誓うって……何のことよ?」

「いーから誓えって」


 しぶしぶルーが頷くと、グリードは楽しそうに説明を始めた。


「あんた、二十二人中一人だけ女って立場はわかってるよな?」

「ええ、わかってるわよ?」


 だからザジといちゃいちゃして見せてるんじゃないか。


「だからさ、あんたとザジを除く二十人で、賭けしてんだわ。――半月の間に誰があんたをオトせるかって奴」

「――はぁっ?」


 ルーの口から甲高い声が漏れた。開いた口がふさがらないとはこのことだ。

 が、その一瞬をグリードは見逃さなかった。

 ぐいと腕を引っ張られたルーはバランスを崩し、前に座っていたグリードの腕に飛び込む形になった。そのまま、開いたままの口が塞がれる。


「んっ!」


 ――やっぱり女装するんじゃなかったっ! 今回の王都行き、さんざんじゃねーかっ!


 ルー=ピコは頭の中で自分を呪っていた。イーリンとキーファはこの隊列を守るように密かに従っている。だが、こんな内輪な――しかも下世話な身の危険まで守ってくれるわけじゃない。


「ちょっ、やめっ!」


 唇が離れた隙に体をよじったが、グリードの腕はびくともしない。


「やーらけぇ。――あんたの唇は俺が一番乗りだな。ドラジェの旦那に感謝しなくちゃなぁ?」

「……つまり、あたしは銀の馬車を守ると同時に、他の二十名からも自分の身を守らなきゃいけないってわけね。わかった」

「さっさと俺にしときゃ、後は狙われることねーけどな。どうする?」


 ――どうするも何も、そんな言葉に乗せられるわけねーっての。


「あー、ザジに告げ口するとか言ったら、どうなるかわかってるよな?」


 低い声でグリードは告げる。締め付ける腕に込められた力に、ゾクッと背筋が凍る。


「ま、あくまでもお遊びだ。無理強いはしねぇしな?」

「嘘つけっ、今だって十分無理強いしてるじゃないのっ! ――誰が胴元してんのよ。賭けの対象になってるあたしに旨味がない賭けなんかさせてたまるかっての!」


 するとグリードは短く口笛を吹いた。


「へぇ~、じゃ、身を守り切ったらあんたが総取りっていうのじゃどうだい?」

「それだけじゃ足りないわよ。どーせ全員、あの手この手で攻めてくるんでしょうが。あたしの精神的苦痛と身体的苦痛の分も支払ってもらうわ」

「支払ってって……賭け金以上の金はどっからも出ねぇぜ? それに、まんざらでもねーんだろ? 今のキスだって抵抗しなかったくせに」

「あんたの馬鹿力に抵抗できるわけないでしょうがっ! 体力差考えてよっ。そういうのを力づくの無理強いっていうのよっ。さっさと離しなさいよっ!」


 ルーの剣幕に渋々グリードは従った。


「さっきの賭けに条件をつけるわ。その一、あたしが嫌がったら即やめること。その二、力づくは禁止。その三、暴力禁止、脅迫禁止。その四、薬も禁止。――とにかく、あたしとの同意がない不意打ちとかは全部禁止。禁止事項を破った場合は全部ノーカウント」

「それじゃ、誰もお前を落とせねーだろーが。お前が同意しないかぎり」


 不服そうに唇をとがらせるグリードに、ルーはきっぱりと言い渡した。


「当たり前でしょ。女一人だからって体さえ奪えばどうにでもなると思ったら大間違い。それでオトしたとか豪語したいわけ? そんなの、全員誰でもできるじゃないの。あたしより体もでかいし力も強いんだから、最初のチャンスを手にした人間の勝ちでしょ?」

「――そのつもりだったんだけどな」


 悔しそうにグリードがつぶやくのを無視してルーは続ける。


「それじゃ賭けにも何にもなんないじゃない」

「だから、俺はだなぁ、ちゃんと勝てるように……」

「――つまり、あんたが胴元ってわけだ」


 ため息混じりにルーは言った。


「で、力づくで自分がものにすれば全部手に入る、とそういうシナリオだったんじゃない?」

「そ、そんなことはっ……」


 グリードの視線があらぬ方向をさまよい始める。


「いいわね。さっきの条件、今日の宿につくまでにきっちり他の参加者全員に伝えること。宿で夜這いかけてくる奴がいたら、この賭けはあんたたちの負け、あたしの総取り。いいわねっ!」

「――わーったよ」


 しおしおと向かいのベンチに座り込むグリードは、ずいぶん小さく見えた。

いやはや、こっちに転がるとは……ルー、恐ろしい子(汗

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