79.銀の馬車
※20151206 改行位置修正
早暁。
商業ギルドの最上階にあるドラジェの倉庫には、総勢二十二名の護衛が揃っていた。
夜勤のメンバーが全員戻ってきたのは日が変わってからで、出発前に一通り顔合わせが行われた。髪の色も瞳も肌の色もてんでばらばらだ。
「振り分けた通り三チームで順番に馬車の護衛にあたってくれ。夜の護衛は騎馬隊を除くメンバーで三交代にする。予定通り行程をこなせれば半月で王都までは着ける。頼むぞ」
タンゲル隊長の言葉に護衛たちは野太い声で応、と答えて階下へ降りていった。
商業ギルドの前には見事な銀の馬車がすでに横付けされていた。但し、ギルドの入口側だ。御者がすでに乗っていて、ドラジェが時々出てきては様子を伺う。お客とやらはすでに乗車済みなのだろう。窓の部分はきっちり布で覆われ、中は伺えない。
倉庫の入口側には幌馬車が三台と馬が六頭用意されていた。
馬に乗れるのはタンゲルをあわせて六人。全員がおそらく傭兵上がりだろう。体の出来がぜんぜん違う。得物に槍を持ち、腰には太い剣を差している。
馬車には残る十六人が分乗することになっている。御者役が一人、伝令役が一人。荷物も載せているが、残るスペースが護衛の待機場所になる。
「俺は一番目の馬車だ。お前は?」
「あたしは一番後ろね。荷物が多いからか乗客は少ないらしいけど」
ザジと別れて馬車に行くと、すでに御者台には二人が乗り込んでいた。
手綱を握っているのは赤毛でがっしりした戦士タイプの男。きっちり革鎧を着込んでる。伝令役は身が軽いのだろう、少年と言ってもいいくらい華奢な、銀髪に緑色の目の男の子。短パンに羽のついた帽子が妙に似合う。
「お、あんたが一緒か。ラッキーだな。昨日も挨拶したけど改めて。俺はグリード。こいつは――」
「ラティーだよぉっ。よろしくねっ、おねーさん」
赤毛の男のセリフを横取りして少年も挨拶を寄越してきた。ルーは背伸びをすると手を伸ばして握手した。
「よろしく、あたしはルー。ねえ、二人って知り合い同士?」
「あ、わかる?」
ラティーは見かけどおりの軽い口調で答えた。
「グリードとはよく護衛任務で一緒になるんだ。最近は組んで仕事することも増えたよね?」
「そうだな。まあ、いい金の依頼ばっかり選んでたらそうなったってだけだけど、こいつと一緒に組んだ仕事って成功率いいんでな」
グリードは話を振られて答える。意外とおしゃべりだ。
「へぇ、いいわね」
「おねーさんだって、あのおにーさんとペアなんじゃないの?」
そういってラティーは先頭の馬車に乗り込むザジを指差した。
「さっきだってなんだかいい雰囲気だったし」
「あー、そういや昨日だっけ、べったりくっついてたの見たしな」
にやにやとグリードは好奇心丸出しで笑う。
「え、そーなの? 僕、夜勤組だったから見てないぃ。残念」
ラティーはぷんと膨れる。そういえばそうだ。昨日ざっと挨拶したときには見かけなかった。
「ま、せっかく同じ馬車なんだ。仲良くやろうや。そのうち気が変わるって可能性もあるしな?」
グリードの言葉の意味に気がついて、ルーは眉をひそめた。まあ、男の中に形だけとはいえ女が一人だから覚悟はしてたけど。
――ザジと同じチームにしてもらったほうがよかったかな。一応虫よけにベタベタして見せてるけど、それでひるまない男も多いんだよねぇ。傭兵上がりだったり護衛任務をメインでやってる便利屋は特に。力に自身があるからなんだろうな。
仕方ない、とルーは首を振った。
「あとの一人は?」
「ああ、もう後ろに乗り込んでるよ」
「ありがと。じゃあ、よろしくね」
二人に手を振るとルーは幌馬車の後ろに回りこんだ。
最後の一人は青みがかった銀髪の細い男だった。吟遊詩人かと思うほど細い。うなだれたまま、床を凝視している。
「よろしく、あたしはルー」
乗り込んで手を差し伸べると、ようやく顔を上げた。黄色い瞳が妙に印象的だ。
「ウェイン」
握手した手は驚くほどか弱かった。剣とか持ったことがないんじゃないかと思うほど。
「普段は何してる人?」
「配達」
それだけ言うと、また床に視線を落とす。おしゃべりは好きというほどでもないけど、ラティーがここにいればなぁと思う程度には沈黙が重い。
あの二人が早々に御者台を選んだ理由がわかった気がした。
準備が整って、タンゲル隊長の号令で馬車は動き出した。
先頭に騎馬が二頭、ザジの乗った馬車、続いて銀の馬車、銀の馬車の横に騎馬が二頭、それから二番目の馬車にルーの乗った馬車、最後に騎馬が二頭。
随分長い隊列になった。
先頭の馬車は偵察と何かあった場合の初動のため、荷物はほとんど載ってない。護衛の人数も一番多くて半分の八人が乗っている。
二番目は銀の馬車の護衛。何かあった場合は攻撃でなく護衛に徹する。三番目は荷馬車の役目が一番大きく、乗ってる四人は何かあった場合は荷を捨てて銀の馬車に襲いかかる敵を攻撃する部隊。
……のはずなのだが、攻撃に徹する部隊には見えない構成だ。人数も少ない。まあ、基本的には騎馬隊が動くから、という配慮なのかもしれないが。
何かあれば御者台か騎馬隊から連絡が来るから、それまでは中で何をしててもいいわけだが、気を抜くわけにも行かない。
ルーは時折幌や小窓から顔を出して外を眺めていたが、ウェインはその気は全くないらしく、ベンチにごろりと横になった。
昼食まで休みは取らない。その間にルーは手帳を取り出して情報を整理することにした。
手帳を膝の上において、隊の配置図を書き込み、名前を入れていく。タンゲルとザジ、この馬車の人間以外はどこに誰が入ったのか把握してない。幌馬車のメンバーは入れ替わる可能性があるから書き込まないことにする。
騎馬隊のメンバーを思い出して、名前だけを隣のページに羅列する。タンゲル、ヴァイス、メローズ、チェイン、あと……誰だっけ。
「リンクスとケインだ」
いきなり声が飛んできて顔を上げると、向かいのベンチに座ったウェインがノートを覗き込んでいた。顔が近い。
「えっ?」
びっくりして体を起こすと、ウェインはノートから顔を上げずに続けた。
「タンゲルが最年長。ヴァイスは銀髪碧眼で副隊長。メローズは赤毛に茶の瞳で四角い顔。チェインとリンクスは淡い金髪に緑の瞳で双子。ケインは騎馬隊で最年少。茶髪に茶の目」
言われて、それぞれの顔を思い出す。特徴をうまく捉えてるからか、すんなり名前と顔が一致した。
「へぇ……よく覚えてるわね。騎馬隊は覚えてるつもりだったんだけど」
「記憶は得意だ」
ウェインはそう言うとルーを見た。表情は変わっていないが、少しだけ目尻が上がっている。褒められて嬉しいらしい。
「後のメンバーは……」
すらすらすらっとウェインは残る十六名の名前と特徴を上げていく。覚えのない名前もあったりして、実際に会った時に確認してみないとちゃんとは覚えられそうにない。
「ありがと。助かったわ。ちゃんと挨拶してない人もいるみたいだし、休憩の時にでも顔出してみるわ」
するとウェインは眉をひそめて言った。
「……男漁りでもするのか?」
「え?」
「わざわざ男に顔を売りに行く必要はないだろう?」
「――半月も一緒に行動するんだし、普通じゃない?」
「たかだか半月だ」
ウェインの眉間の皺がどんどん深くなる。ルーは唇を尖らせた。
「少なくとも隊のメンバーかどうかぐらいは把握したいわよ。でないと、不審者扱いでぶっ倒しちゃいそうだし」
「……不埒な振る舞いをする者にはちょうどいいだろう」
「そういうわけには行かないわよ。そんなことで首になるわけにいかないもの」
「そうか」
それきりウェインは昼休みで馬車が止まるまで黙りこんでしまった。




