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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月12日(水)

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78.治癒師は忙しい

※20151206 改行位置修正

 今日の教会はとりわけ忙しかった。

 次から次へとやってくる患者たちを一人ずつ治療を施し、魔力が切れたら交代して休み、また治療に当たる。それをひたすら繰り返す。

 テキーラも例外ではなく、他の治癒師たちとともに輪の中に入っていた。

 戦時中ならともかく、これほどの患者が押しかけることはめったにないのに、と誰かが言っていた。多くが怪我などではなく高熱と吐き気を伴う病気で、おそらくどこかの食堂が食中毒でも出したのだろう。

 高い治癒師による治療よりも薬を求める患者も多かった。

 日が落ちる前に教会の正面の扉は閉じられ、治癒師たちはようやく休息の時間を与えられた。

 力を使いすぎて失神した者すら今日は出た。

 もう一人ぐらい治癒師が来て欲しい、という愚痴を漏らす者がいた。


「ピコ君が風来坊でなく教会に所属してくれればなあ」


 そうつぶやく者もいた。さり気なくテキーラが聞くと、ピコ自身は教会所属でなくふらっとどこかへ行って帰ってこないことが多いという。

 魔力が桁違いに大きい分、ピコ一人がいれば数人分の仕事をこなせるとも言う。若いし回復力も高いし、と。

 そうすればこんなに忙しくはないだろうに、とぼやく治癒師にテキーラは微笑んだ。


「なんでピコ君は風来坊のままなんだい? 普通は教会所属の治癒師になるものだろう?」


 治癒の力を持つものは教会で保護される。それは王国の掟にもなっている。

 しかし、治癒師たちはそろって首を振った。


「そうか、君はピコ君の代理で来たから知らないんだよね。ピコ君は――」

「おい、それ言っていいのか?」

「町の人以外には――」


 最初に口を開いた治癒師を他の治癒師たちが怖い顔で窘める。およそ何を言おうとしたか把握したテキーラはにっこり笑った。


「ああ、知ってます。彼が妖精族の血を引いてるのは」


 すると治癒師たちはほっと顔をゆるませた。


「なんだ、知ってたなら大丈夫だね。妖精族はひとつの場所にとどまらない性質があるんだってね。だからこの街に縛られるのは困るんだそうだよ。王様が特別に許可を出したとも聞いてるしね。今日はどこをふらついてるのか知らないけど」

「なるほど、そういうことなんですね」


 テキーラはうなずきながらくすりと笑った。


 ――父上もずいぶんお甘い。


 だからこそここに自分がいるわけなのだけれど、とくすくす笑う。上機嫌そうなこの新任治癒師に、周りは何がおかしいのだろうと首を傾げるだけだった。





 太陽は西に傾き、空は段々と茜色に変わりつつある。

 テキーラは教会の中庭に設えられたベンチで盛大に溜息をついた。さすがにくたびれたのである。

 空から一羽の小鳥が庭に舞い降りてきた。そのまま奥の四阿に飛ぼうとするそれに、テキーラは短く声をかけた。

 鳥は一回転するとテキーラの目の前に落ちてきてふわりとその身を変えた。

 手に落ちてきたそれは小さなメモ書きだった。この国の文字ではない。テキーラはそれを読むなり口角を上げた。


「そうですか。明日ですか」


 ――となると、赤の女王もここを離れる。いよいよですねぇ。


 手の中でメモ書きは粉々に崩れ、風に飛ばされた。





 階段を降りる足音に黒角族ディードは顔を上げた。食事は先ほど運ばれて平らげたばかりだというのに赤の女王が降りてくるとは。


「何だ、手合わせでもするのか?」


 牢の鍵を開けると、イーリンは冷たい目で男を見つめつつ扉を解放した。


「ピコ様から指示があった。明日、王都を出発なさる」


 男の目がつり上がった。

 石の机に歩み寄り、イーリンは抱えていたものを並べ始める。着替え一式と靴、黒角族がもともと持っていた武器一式。薬などの入ったポーチと鞄。


「風呂で体を清めてから着替えろ。足りないものはないな?」


 地下にある石風呂に案内すると、男は素直に従った。視界を隔てる高い壁がないため、立った状態だと男の上半身はイーリンの位置からも見える。


「おま……なに見てんだよっ! 痴女かっ!」

「監視だ。気にするな」

「気にするわっ!」


 あわてて体を洗い、泡を流すと男は二、三言つぶやいた。風が巻いて男の体から水分を吹き飛ばす。


「――魔法が使えたのか」

「あの男に聞いてなかったのか? あまり得意じゃないが多少ならな」


 男は答えた。空をとべることと治癒ができることはすでに知られていたが、多少の魔法ぐらいは使える。

 着替えに袖を通す。いつも着ていたものとは違い、体にぴったり沿って動きやすい。


「マントはないのかよ」

「不要だ。移動時に要らぬ抵抗を生む」


 渋々男は気に入りのマントから手を離した。

 仕込み用のベルトに暗器や武器を手際よく組み込み、ポーチを通し、上衣を羽織るときっちりボタンを止めた。その他の細々とした物を鞄に入れて背負う。


「いいだろう。あと、これを身に着けておけ」


 金の耳輪を渡される。小指ほどの輪っかには切り込みがあり、それを耳の縁に差し込むようだった。


「これは?」

「イヤーカフだ。身分証にもなっている。左耳につけておけ」


 紋章でも刻んであるのかと手の上でじっと眺めてみたが、つるりとした表面には何も書かれていない。

 言われるように耳にはめてみたがブカブカで落ちそうになる。見かねてイーリンが手を伸ばし、少しキツめに締められた。


「それでいい。行くぞ」

「あんたの準備は?」


 イーリンはいつもの様にメイド服にエプロン、ヘッドドレスをつけている。


「問題ない」


 それだけいい、白くて目立つエプロンとヘッドドレスを外すとどこかに仕舞った。それだけで上から下まで髪の毛以外は真っ黒の姿に変わる。


「成る程な」


 真っ赤な髪の毛はいつもの様におさげにまとめられていたが、蝋燭の光ではまばゆいほど赤く輝いていた。赤の女王の異名はこの、王冠のように赤く輝く髪の毛のせいかもしれない、と男は思った。


「ところで今回は何人で護衛するんだ?」

「二人だ」

「二人って……俺とお前か?」

「それ以外は別の任務がある。――不満か?」

「いや……あまちゃんだなぁ、と思ってよ」


 するとイーリンは射るような目をした。


「あの方にはあの方の考えがある。お前は契約したのだろう? 黒角族ディード。私と一戦見えるために。ならば裏切ることはするまい?」

「――いい加減名前で呼べ。ディードじゃねえっての。それに本物に聞きつけられたら俺のほうがヤバイ」


 イーリンは深く溜息をつくと目を細めた。


「分かった。ではキーファと呼ぶ」

「で、俺はお前をなんて呼べばいいんだ? イーリンでいいのか?」

「ああ。そう呼んでくれて構わない」

「そうか」


 赤の女王の名前は誰も知らない。イーリンという名前もおそらくはあの男が与えたものなのだろう。いつか本当の名前を聞き出してみたい。

 本気勝負で勝ったらそれを聞いてみるのも面白いかもしれない。

 キーファはにやりと笑った。

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