75.遅れたルー
※王都編に入るまでのルーとザジの話は本編の続きとしてナンバリングしています。ご了承ください。
※20151206 改行位置修正
ルー=ピコはいつものように宿の一階で朝食を摂っていた。今日はザジとタンゲルはいない。昨夜から夜勤でドラジェの身辺警護だとメモには残っていた。
二日前に休みを取ってから、まだ二人と顔を合わせていない。
一体何があったのだろう。
一昨日は宿への帰着が深夜になった。ザジはすでに眠っているだろうと思っていたが、部屋にはいなかった。タンゲルの部屋も訪れてみたが、やはり空だった。
昨日は朝食後にドラジェの店に行った。いつものように倉庫内での警護にあたるつもりだったが、店番にトラントンの倉庫への届け物を頼まれ、戻ってきた時にはもう日が変わっていた。
何かを見落としているのか。
それとも自分の正体がバレて遠ざけられているのか。せめてザジぐらいは情報を共有してくれてもいいじゃないか、と目の前のサラダをやっつけながら思う。
これが、女に任せられない仕事だから、という理由ならかまわないのだが。
食後のお茶を飲み干すと、ルーは立ち上がった。
ドラジェの館へ行くと、今日もドラジェはいなかった。店番の男が所在なく机の前に座っているだけだ。
「ねえ、お館様はどこにいるの? 今日のお仕事もまだ伺ってないんだけど」
「ああ、ドラジェさんなら確か商業ギルドのほうですよ。何でもお客様が来たとかで」
「お客様?」
「詳しくは知りませんよ。でもここの警備あらかた引き上げちゃって、残ってるのはあんたぐらいじゃないかねえ」
「……どういうこと?」
「だから詳しくは知らないんすよ。あ、そういやあんたの名前、ルーって言うんでしたっけ?」
「ええ、そうだけど」
店番はめんどくさそうにズボンのポケットから封筒を取り出した。よれよれになっている。
「あんたが来たら渡せってドラジェさんに言われてたの、すっかり忘れてた。はい、これ」
ひったくるようにして封筒を開ける。特に封はしていなかった。
『王都行きの予定が決まった。この手紙を見たら急ぎ商業ギルドに来るように。他の護衛はすでに集合済みだ。休暇を取っていた君の合流を待って出発する ドラジェ』
血の気が引くのを自分でも感じた。まずい。……非常にまずい。
「ちょっと……これ渡されたの、いつよ」
店番の胸ぐらを掴み上げる。目を白黒させて店番は吐いた。
「えっ、だからあんたが休んでた日に、ドラジェさんたちが移動するってんで……」
店番から手を離してルーはため息をついた。休みをとったのは二日前のことだ。昨日はドラジェじゃなくてこの男から仕事を頼まれた。
完全にドラジェの指示をすっぽかしたことになる。
まだ床に転がって事情を飲み込めていない男にルーは詰め寄った。目が完全に据わっている。
「――あんた、わざと渡すの遅らせたんじゃないでしょうね。本来なら昨日受け取ってるはずよね?!」
「わ、わざとじゃねえっすよっ! ほんとに忘れてただけでっ!」
「それ、一筆書いてもらいましょうか。あんたのせいであたしは仕事も信用も失って、ドラジェさんから見限られるかもしれないのよっ! どうしてくれんのよっ!」
「ひっ、ご、ごめんなさいっ!」
「しかも、昨日はそれをすっかり忘れてあたしに雑用までさせたわけよねっ! ドラジェさんからの仕事じゃないならあんたに支払って貰うから! 1アルシ(銅貨一枚)だってまけてやらない! さあ、紙とペンを出しなさい!」
すっかり萎縮した男の尻を蹴って紙とペンを用意させると、ルーは昨日の仕事代として二ルベシ(銀貨一枚)の請求書を書いてつきつけ、それから男にドラジェ宛の弁明書を書かせた。
「お、俺、銀貨なんて……」
「黙れっ! あんたが払えないならドラジェさんからあんたの給料前払いしてもらうからっ! 覚悟しなっ」
「ひぃっ!」
腰のナイフを出すまでもなく男に承諾のサインをさせると、ルーは大急ぎで館を飛び出した。
商業ギルドの建物は市場のあるあたりとは逆の、参事会の建物のあるあたりにあった。商業ギルドなのだから商業エリアにあってもおかしくないはずなのだが、ドラジェはむしろ行政との連携を考えて行政府の建物が多い地区にわざわざギルドを設置した。たしかどこかの貴族の持ち物だったと思うが。
参事会の建物の前を通る時にちらりと辺りに目をやる。相変わらずドラジェの監視がきついようだ。二階の辺りから小鳥が飛んできて、ルーの上を二回旋回して肩に止まる。くちばしに指を伸ばしながら、ルーは眉間に皺を寄せた。
――オードからの緊急呼び出しだ。だが、これを受け取るわけには行かない。今のピコは便利屋ルーなのだから。
だが逆にそれがわかっているのに飛んできたこの緊急コールは、余程のことがある、と考えるべきだろう。
とりあえずはドラジェ優先だ。確認次第、オードにつなぎを取る。
右手の中にすばやく妖精のラベルを握りこんでため息をつくと、ルーは小鳥のくちばしを二度つついた。小鳥の頭部に緑色の光が宿る。
ぴぃ、と小さく鳴いて小鳥は参事会の建物とは逆の方向に飛び去った。右手を開くとラベルは跡形もなく消えていた。
どこからか飛んできた小鳥が肩にとまったからつついてみたら逃げた。そう見えることを祈りながら。




