【逃亡編】1.話したいこと
今回からルートが別れます。
「逃亡編」はサーヤとリュウ、「王都編」はピコとザジがメインキャラとなります。
ある程度まとめて時系列を考えながら交互に書く予定です。
それぞれを続けて読む場合を考慮してそれぞれでナンバリングします。
※20151206 改行位置修正
まだ夜は深い。馬車は何事もなく進んでいく。
イーリンの準備してくれたのは幌馬車だった。荷台には箱詰めされたリュウの荷物が所狭しと積んである。一体どこにこんだけの荷物があったんだろ。
リュウは御者台に一人で座っている。あたしは、荷台の中に毛布や毛皮で座る場所を作ってそこに座り込んでいた。
トリエンテからビリオラまでは馬車で三日かかるらしい。途中に村はない。どこにも寄らずに野宿確定なルートだから、食料も水もバッチリ準備してあるってリュウは言ってた。
前にピコと一緒にトリエンテまで行ったあの馬車だったらよかったのに。てっきりそうだと思ってたんだけどな。まあでも荷台がちっさすぎるかなぁ。
これだけの荷物、あの馬車じゃ入らないわ。
あたしも御者台に座りたかったんだけど、目立たないほうがいいって押し込められちゃった。
いろいろ話したかったんだけどな……。
日が昇ってくれば彩子が目覚めてあたしは消える。そのことだけでも、伝えておかなくちゃ。
意を決してあたしは幌から顔を出した。
「ねぇ、リュウ。そっち行っていい?」
「え? サーヤ?」
返事を待たずにあたしは御者台の方へ飛び移った。
「危ないっ!」
リュウに抱きとめられて、あたしはなんとか宙ぶらりんにならずに済んだ。あわててリュウがあたしを引っ張りあげながら、手綱を引く。馬は少し走ってから止まった。
「まったく……落ちたらどうするんだ! 危ないだろうが!」
噛みつくように怒られた。あたしも実は心臓がバクバク言ってる。
「ごめんなさい。でも話したかったし」
「……少し休憩にしよう」
ふいと顔を背けて、リュウは荷台の方へ行った。
なんか機嫌損ねちゃったかな……。でも日が昇る前にちゃんと話をしておかなきゃ。
ほどなく戻ってきたリュウの手には、水を詰めた瓶と紙で巻いたものが握られていた。
「今のうちに食べておこう。朝までこのまま走り続けるから」
「ありがと」
紙で巻いたものはサンドイッチだった。イーリンが作ってくれたものかな。かぶりつくと懐かしい味がした。目が見えなかった時に食べたあの味だ。
「……で、話って?」
リュウが口を開く。水で喉を潤して、あたしは顔を上げた。黒い瞳があたしを見返している。
――ああ、だめだ。決心が鈍りそうになる。
頭を振って、あたしは目を閉じた。
「あの……ね。あたし……その、朝になると……」
「……知ってる。召喚者なんだろ」
「……え」
目を開けると、リュウは反対に目を伏せた。
「森で保護した時から知ってた」
「そう……なの」
あたしは肩を落とした。少し緊張して力が入ってたみたい。でも、じゃあ……。
「だから、安心して眠っていい。昼間は俺も馬車を止めて休むから」
そうだよね……あたしにつきあって夜起きてるんだもの。
「うん、わかった。……リュウは……違うのよね?」
恐る恐るあたしは口に出す。森にいた時、リュウはあたしと同じように夜行性だった。昼間は小屋にもいなかった。昼間は仕事だって言ってたけど、昼も夜も起きてるなんて、いくら森の番人だからって言っても無理だもの。
だからてっきり、リュウもそうなのかも、そうだといいな、なんて思ってた。
でも。
リュウは眉を寄せて黙りこんだ。
「今は……違う」
「それって……前にも聞いたけどもしかして……?」
「いや、それも違う」
森を離れたペナルティ。
でも、今は違うってことは……もともとは召喚者だったってこと、だよね?
不意にラトリーの言葉を思い出した。
『試練を受けますか? こちらの住人になるために――』
まさか。
そんな、まさか……?
「リュウ……聞いてもいい?」
あたしは膝の上の拳に目を落とす。聞くのも、リュウの答えも怖い。でも……知りたい。
「前は召喚者だったのよね? ……試練を、受けたの? それとも、それが試練なの?」
息を呑む声が聞こえた。
でも、あたしは顔を上げられない。……見たくない。リュウの顔を。
「――そうか、知ってるんだよな、君も」
力ない言葉にあたしはうなずく。
聞かなきゃよかった。
こんなに後悔するなんて、思わなかった。
怖い。リュウの言葉が。
彼の口から次に紡ぎだされる言葉が。
「サーヤ。顔を上げてくれないか」
心臓が張り裂けそうなくらい、痛い。怖いの、今のリュウの顔を見るのが。
いやいやするように顔を横に振り、目を閉じる。
そっと頬を撫でるものがあった。目を開けると、あたしの頬をリュウの大きな手が撫でている。
「この間の答えを、聞かせて欲しい」
はっと目を見張ってあたしは顔を上げた。
至近距離でリュウの黒い瞳が不安で揺れている。声が戻る前、リュウがしどろもどろに言ってた、あの話のこと、よね……?
「あたし……は……」
好き。
そう言ってしまいたい。
でも、力のことは? ピコは知ってる。リュウに……告げるべきだろうか。
頬を撫でるリュウの手に自分の手を重ねる。この手を失いたくない。
「……森で助けてもらった時から……」
リュウの手がぴくりと止まる。目を閉じて続く言葉を紡ごうとしたら、唇を塞がれた。啄むキスが何度も降ってくる。
手を引っ張られてリュウの腕の中にすっぽり包まれた。心臓がばくばく言ってる。体も顔も熱い。
深くくちづけられて、息もできなくなる。四肢から力が抜けてリュウの胸にもたれかかると、ようやく唇が開放された。
「ありがとう、サーヤ」
耳に耳朶にキスしながら囁くのって反則だわ。
きっと耳まで真っ赤に違いない。
リュウの体温を感じながら、あたしは目の前の幸せに浸ることにした。
――いつかちゃんと言おう。キスする前から好きだったってこと。




