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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月11日(火)

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74.治癒師とイーリンと黒角族

※20151206 改行位置修正

「そっか、断られちゃったか」


 にこやかにテキーラは答える。怒りの波紋は漏れて来ない。イーリンはテキーラの部屋の戸口で深く頭を下げた。


「はい。たいそう怯えていらっしゃいました」

「あー、そっか。……そうだよねぇ」


 男は少しだけ眉を寄せて、唇をとがらせる。


「この間のあれで驚かせちゃったか。まぁ、仕方がないよね。で、もう出発しちゃったんだ」


 イーリンはぴくりと片眉だけ上げる。

 二人が教会を発ったとは伝えていない。それをどうやって知ったのだろう。

 ほんの少し、威嚇も込めて視線を尖らせる。


「テキーラ様」

「怖い怖い。わかってるよ。僕の役目はピコの代わり、だろ? 彼女を追いかけたりはしない。まぁ……彼女の波動は覚えたし、いつでも探し出せるけどね」


 波動。あの時に彼女の波動を覚えたというのか。強引な手に出た理由はそれだったのか。

 テキーラに会わせずに出発させたのは間違いではなかったが、それだけでは足りなかった。彼女の波動をカムフラージュすることを考えるべきだった。

 きりりと唇を引き締める。


「……テキーラ様、お伺いしたいのですが」

「なぁに?」


 さらに敵意を込めて目の前の治癒師を睨みつける。


「なぜ、彼女にそれほど興味をお持ちなのですか?」

「そうだなぁ……ピコが隠してるから」


 ふふふ、と笑ってテキーラはイーリンに一歩寄る。イーリンは同じだけ下がる。


「ピコっていろいろ隠し事があるよね。父上にも母上にも隠していること、僕や兄上に隠していること。きっと君にも隠してることや友達にも隠してることもあるよね。そういうの、気にならない?」

「ピコ様にはピコ様のお考えがあると思いますので気にいたしません」

「へぇ、君ほどの人が愚直にも彼の言葉を盲信するんだねえ。恐れ入るよ」


 込められた皮肉に反応せずイーリンはまっすぐ治癒師の目を見つめる。


「なんとでも。私はピコ様の刃でございますゆえ」


 すると不意にテキーラは頭を振り、剣呑な光を瞳に宿らせた。ざわっと気配が変わる。


「なんで……ピコの周りにばかり君たちみたいのが集まるんだろうねぇ……。時々我慢がならなくなるよ。ピコがこの街で何をやってるのか、僕が知らないと思うのかい?」


 ゆらりと一歩間合いを詰める。イーリンは腰を落とすと身構えて後ろに飛び退った。


「それなのに与えられる地位はいらないだと? 信じられるはずがないじゃないか。ねえ? 赤の女王。教えてくれないかな。なぜ君ほどの暗殺者アサシンが、ピコなんかに額づいているのか。闇ギルド一の腕前を誇った君がさ?」

「治癒師であるテキーラ様にご説明するようなことではございません」

「じゃあ……ミリオンとして聞こうか?」


 纏う気配が不意に変わる。それまでの柔らかな治癒師としての気配が刺々しく青く冷えていく。だが、イーリンの態度は変わらない。


「お話しすることは何もございません。――あえて申し上げますならば、ピコ様に負けたからでございます」

「……君ほどの者が?」

「はい。……では、失礼致します」


 唖然とイーリンを凝視する治癒師に深々と礼をして、赤の女王は部屋を後にした。





 地下の石牢に足を向ける。今ここに囚われているのは一人のみ、あの黒角族ディードのみだ。

 すでに夜半は過ぎている。こんな時間に来たところで眠っているだけだろう。

 だが、今日は四度目の食事を催促されていた。いろいろバタバタしていて運ぶのが遅くなってしまったのだ。


「……起きているか」


 手足の枷は外れているのに、なぜか黒角族は以前と同じく奥の壁にもたれて片膝を立て、立てた膝に肘をついて頭を垂れている。


「遅かったな」


 鍵を外し、鉄格子の扉を開けた瞬間、予備動作もなく男は壁を蹴ってイーリンの目前まで突進してきた。

 食事のトレーを左手で持ち、左足を軸にして右足を振り抜くと、男は両腕で受けきり、飛ばされた鉄格子を踏み台にイーリンへ飛びかかる。


「食事が溢れる」


 ばらばらと繰り返される攻撃を相手の力を使って受け流しながら、イーリンは冷ややかに告げる。


「その程度なら往なせるだろ、赤の女王」


 逃げられないようにと入ってきた扉を背中で閉じると、その一瞬に男は腹部への蹴りを繰り出してきた。

 下がって逃げられないイーリンはその蹴りを体を反らして避ける。


「逃げてばかりかよっ」

「食事が溢れるが構わないか?」


 ぴたっと男の足が止まる。頭部に入れようとしていた蹴りの形のまま止まった男は、しぶしぶ足を下ろした。


「……食ってから再開だ」


 男はイーリンの手からトレーを奪い取ると石の机に戻って食事を始める。時折うまっとか声が漏れるのが聞こえて、イーリンはほんの少し口角を上げる。


「だが、今のは一本入ってたはずだろ?」

「食事を犠牲にしていれば避けられた。ノーカウントだ」


 イラつく気配が立ち上る。この程度は日常茶飯事だ。口元を引き結ぶ。


「手足のしびれはもうないのか?」

「ああ。あんたにもらった薬はかなり効いた。腕のいい薬師がいるみたいだな」

「それはよかった。お前にはいろいろ仕込まねばならんのでな、とっとと元気になってもらわねば困る」

「……てめぇの手駒になったつもりはねぇぜ?」


 殺気を含んで鋭い視線が飛んでくる。イーリンは平然とその瞳を睨み返した。


「ピコ様と契約した時に聞かなかったか? 私の手足として、ピコ様のために働くこと。それが契約の内容だ。ピコ様がお前を高く買っているゆえ、お前にはそれ相応の働きと動きを期待する。私と同程度に動けること。それが最低限の条件だ。この薬が効くならもう一服分預かっている。飲んでおけ」


 テーブルに小さな瓶を置く。青でも赤でもない、透明な薬。


「……分かったよ。てめぇと殺り合うためには我慢してやらぁ」


 ため息をつき、殺気を散らすと男は瓶をつかみ、一気に呷った。


「ああ……それから、いい忘れていたが、その薬は呑んだら半日は動けなくなるそうだ。体を休めておけ」

「て……めえっ!」


 謀ったな、と男がうめくのを背に、イーリンはトレーを手に檻から出た。


「……ぜってー殺す」

「楽しみにしている」


 そう声をかけて上がっていくイーリンの口元は、やはり少し嬉しそうだった。

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