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73.逃走はコスプレで

※20151206 改行位置修正

 目が覚める。すぐ横に座ったリュウの背中が見えて、あたしは体を起こした。リュウが振り向く。黒い瞳が優しく微笑んだ。


「サーヤ、おはよう」

「……お、はよう」


 ああ、よかった。声が戻った。ちょっと声が出にくい。喉を押さえて少し咳をする。


「大丈夫? 声が戻ったんだね」


 リュウはあたしの体を支えるように肩を引き寄せてくれる。


「ん、もう大丈夫みたい。ごめんなさい、迷惑かけて」


 声を失ってほぼ一週間。自分の意志を言葉に出来ないもどかしさはもう十分なほど味わった。言葉だけでは伝わらないことも、言葉以外で伝えられることも、いっぱいあることも知った。


「リュウ、あのね……」


 口を開きかけた時、ノックの音がした。


「リュウ様、サーヤ様、お邪魔してよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 イーリンの声だ。物音をさせずに彼女は部屋に入ってきた。


「馬車の用意が整いました。それと……テキーラ様がお二人に会いたいと申しております。お二人が拒絶すれば会う必要はございません。いかがなさいますか?」

「……さっきの治癒師か?」


 見上げると、リュウは眉を寄せてため息をついている。イーリンも決していい表情はしていない。むしろ不機嫌なほどだ。


「えっと……そのテキーラ様って、誰ですか?」


 おずおずと声を上げると、イーリンはあたしの方をみてほんの少し口角を上げた。


「声がお戻りになったのですね。良かったです、サーヤ様。テキーラ様とは、先日赴任してきた新しい治癒師です。サーヤ様、この部屋に来る前の日の夜にあったことを覚えていらっしゃいますか?」

「あ……」


 ぞくっとして身を震わせる。心の奥まで撫でられたあの感触が蘇りそうになる。


「サーヤ?」


 あたしを支えていた腕に力がこもる。リュウの胸に顔を寄せると、両腕で力強く抱きしめられた。この香りと暖かさがなかったら、今ごろあたし、どうなってただろう……。


「……この会見はお断りしておきます。よろしいですね? リュウ様」

「ああ、そうしてくれ。とっとと出発したほうがよさそうだな」


 出発? 教会を出るの?


「どこかに行くの? リュウ」

「ああ。いろいろあってな。ビリオラという町に行く。サーヤが起きるのを待ってた」


 頭を撫でながらリュウが説明してくれる。あたしを待ってた……?

 はっとしてあたしは頭を上げた。リュウの目がすっごく優しい。でも、あたしいろいろ何も言ってない。言わなきゃならないことがいっぱいある。


「あの、リュウ……あたし、その……言わなきゃならないことが」

「ごめん、時間がない。馬車の中でゆっくり聞くから」


 イーリンがそっと出て行く。リュウはあたしを立たせると着替え一式を渡してきた。いつもの革のパンツに地厚のベストじゃなく、黒のレギンスと白い膝上のプリーツスカート、上は白のアンサンブル。足元もブーツでなくサンダル。

 えっと、一体ナニこれ。


「リュウ?」

「この辺り一帯を抜けるまでは変装しといたほうがいい。サーヤはその黒髪と瞳が希少だからって理由で狙われてるらしいから」

「ねら……ええっ!」


 そういえば、監禁されてるときに何か言われた気がする。売られるとか爺の愛人になるとか……爺が誰のことかわからないけど、とにかく身の危険というよりは貞操の危険を感じた。


「瞳は変えられないからサングラスで隠すとして、髪の毛は染めればなんとかなる。今は時間がないから金髪のかつらを使って」


 そういって渡された金髪のかつらとサングラス。これってコスプレ……よね。


「隣の部屋使っていいよ」


 手に着替え一式とそれを渡されて、扉の奥に押しやられる。どうやらやらないと始まらないみたい。

 あたしは心を決めることにした。





 部屋はきれいに片付いていた。この間覗いた時にはいろいろ置いてあったはずだけど、綺麗サッパリなくなってる。多分移動するからって片付けたんだろうなぁ。

 とにかく着替えることにする。こんな格好、現実でもこっちでも初めてするのに……鏡がないからこれであってるかちょっと心配だけど。

 それにしても、なんでスカート? 確かに便利屋の間は攻撃受けた時に動きやすく逃げやすい服装しか選ばなかったのは事実だけど。それにこのスカートとアンサンブル……なんだかどっかいいとこのお嬢さん風味な気がする。誰の選択だろう……リュウ? それともイーリンかなぁ。

 黒髪はまとめてアップにしてから金髪のかつらで隠す。落っこちそうなのでピンで止めるとうまくいった。

 サンダルに履き替えて、脱いだものを全て畳む。これも持っていく荷物に詰めるんだって。


「おまたせ……あれ?」


 リュウはいなかった。ちょっと肩透かし食らった感じ。でもまあいいや。それにこれだけだと少し寒い。馬車に乗るならできれば外套は欲しいなぁ。

 置いてあった袋に脱いだものを詰め込んで、置いてあった箱の中に入れる。これが最後の荷物みたいね。リュウは他の荷物を運んで先に馬車に行ってるのかも。

 あたしもそうしようと思ったんだけど……やっぱりこの部屋のノブはあたしじゃ開けられない。

 そのうちリュウが戻ってきて、あたしを見て目を丸くしてた。


「えっと、あの、サーヤ……よく……」


 あとは聞き取れなかった。いきなり抱きしめられた。ぎゅうぎゅうに。


「リュウっ……」


 痛いってばっ!

 この姿でもリュウの馬鹿力はあんまり変わってない。森の番人の姿だともっと強いんだろうけど、少しは手加減してってばぁっ!


「いたいっ」

「ごめん!」


 リュウは顔を真赤にしながらぱっと離れた。おかげでようやくあたしは呼吸ができた。もう、なんて馬鹿力よっ。


「じゃ、じゃあ行こうか」


 あたふたと最後の荷物を取り上げて、部屋の扉を開ける。あたしも後ろに続いて部屋を出た。

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