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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月11日(火)

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72/154

71.街を出るには

※20151206 改行位置修正

「イーリン、ピコは?」

「昨夜のうちに宿の方へお戻りになりました」


 赤毛のメイドの返答に、リュウは眉間にしわを寄せた。

 握りしめているのは先ほど便利屋が届けてきた白い封筒だ。便箋にはピコの字でこう書いてあった。


『リュウ、悪いけどサーヤを連れてそこを出て欲しい。森に帰れるようになるまでまだ日がかかるだろうから、できればトラントン以外の近隣の村か、別の町へ避難しておいて欲しい。――ごめん』


 ――どこへ行けと言うんだ。今の俺では森で生きていけない。森に戻るのはまだ先だが、戻ることを考えればそれほど遠くへは行けない。ましてやサーヤを連れてとは……。


 とにかく、サーヤと相談しなければ。トリエンテや周辺の村にはドラジェの息の掛かった者がいるにちがいない。監視がついてるとも言っていた。

 サーヤが見つかる危険は冒せない。それに彼らに見つからないように脱出できたとして、一番近い町までは三日はかかる。

 護衛なしでどこまで太刀打ちできるか――。リュウは床に視線を落として考えこんだ。


「では、私はこれで」


 イーリンが退室していくのをぼんやりと見送って、再びリュウは頭を巡らせた。

 今朝、リュウが隣室で目を覚ました時にはベッドはもぬけの殻だった。出発するとしたらサーヤが戻ってくる夜以降だ。

 それまでに、ここの片付けと出発の準備をしておく。

 レシピはピコに渡してあるし、移動先でも研究が続けられるよう、道具一式は持っていくことにする。

 あとは、移動中の飲食や宿泊を考えていろいろ準備しておかなければ。

 髪の毛は、染めるかかつらを探すかフードでとりあえず隠せばなんとかなるが、フードでごまかしきれないサーヤの瞳はどうにもならない。

 いっそのこと目が見えないということで包帯をしておくか……。そんなことまで考える。

 それに馬か馬車。移動に使うだけとはいえ、返す前提だと足がつきやすくなる。借りるよりは買う方がいい。馬だとサーヤを隠せないからやっぱり馬車だな。幌馬車が安く手に入ればいいけど。

 教会で借りることも考えた。だが……多分だめだろう。迷惑がかかりすぎる。いっそのこと辻馬車を使うか、とも思ったが、サーヤが動ける時間に辻馬車はほとんどない。やはり買うのが正解か。

 そこまで思い至ってふと気がつく。


 ――俺、金持ってない。


 森では使うことがないから、と受け取らなかった。

 今、ここで揃えてもらった物もすべて、ピコの懐から金は出ている。

 後払いするから借りる、ということも一瞬考えた。だが、ピコは今ここにいない。

 今夜出るつもりでこれから準備するなら、ぜんぜん間に合わない。

 手持ちのものを全部売り払って……駄目だ、どれもこれからまだ使うものだし、移動先でまた揃えるとかどんだけ金がいるやら。

 だが、他に手はない。

 それか、手持ちの傷薬を質屋に持っていくか……でも、そんなの二束三文にしかならない。いかに効果が高い熊印だと言っても、高くはならない。

 途方に暮れて机の上のものを見つめていると、いきなり視界に赤い袋が入ってきた。

 顔を上げると、イーリンが袋を目の前に差し出している。ちゃり、と音がする。


「え……?」

「ピコ様はずいぶんあわてていた様子で、すっかり忘れていらっしゃったので、僭越ながら、ご入用かと思い、準備いたしました。全部使っていただいて構いません。あとでピコ様よりいただきますので」


 手を取られ、上向けにされた手のひらにずっしりと重い袋が置かれる。紐を緩めれば、各種硬貨が見える。金も銀も銅も。


「イーリン……いいのか?」

「大丈夫でございます。きっちりピコ様からいただきますから。リュウ様はお気になさらないで下さい。忘れたピコ様が悪いんです」

「……ありがとう。恩に着る」


 リュウは袋をギュッと握り締めると頭を下げた。ここにきてから彼女には助けられっぱなしだ。すごくよく気がつく子だし、嫌なことも嫌な顔ひとつせずにやってくれる。サーヤの面倒だって、忙しいだろうにリュウのいない間はつきっきりで見てくれた。女性のあれこれがわからないリュウではダメなところも彼女がぜんぶこなしてくれる。


「いえ、仕事ですから」


 そう言って、ほんのりと微笑んでくれる。めったに見せない彼女の感情だ。


「それから、サーヤ様がいらっしゃらない間にお買い物に行かれるのでしたら、荷物持ちと護衛を兼ねて私が同行いたします。よろしいでしょうか?」

「助かるけど……構わないのか?」

「ええ、問題ありません。ピコ様からはリュウ様の警護も仰せつかっておりますので」

「わかった、じゃあすぐに準備する」

「では、私も準備して参ります。僭越ながら、馬車の手配もしておきました。出発の際は私が迎えに参りますので、夜になりましたらここでお待ち下さい」

「――ありがとう。すまない」


 いいえ、と赤髪のメイドは首を振り、やはりほんのり微笑むと部屋を出て行った。

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