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68.黒角族(ディード)とピコ

※20151206 改行位置修正

「ボクに用があるんだって?」


 石牢に降り、鉄格子をすり抜ける。相変わらず床にぺったり座り込み、石壁に体を預けた黒角族ディードは、黒髪の隙間からピコを睨めつけていた。


「さっきのは何だよ」

「さっき? ああ……キミには関係ないよ。ただの薬の実験さ」


 ピコは一番遠い石牢でのことを思い出して言う。


「薬……?」

「キミも体で味わったろう? といっても覚えてないか」


 ピコが言うとキーファは頭をふるんと振るい、前髪をかきあげた。


「ああ……あの女に投与してたやつか」


 途端に室内の気温が下がった。


「――キミ、ほんとに死にたいの?」

「それとお前の機嫌が悪くなる関連がわからねぇな。というより、何で俺を生かしてる?」


 キーファはまっすぐ頭をあげ、ピコの目を睨みつけていた。


「俺を殺したいほど憎んでるくせに、なんで生かす? 食事も与えず一ヶ月も放置しときゃ干からびたミイラになってたろうに。お情けでもかけてるつもりか?」

「――ほんとに可愛げがないねえ、キーファ」


 ピコはふふ、と笑って黒角族を名前で呼んだ。一瞬キーファは息を飲む。


「ボクはねえ、サーヤもリュウも大事で大好きなんだ。二人を傷つける輩は万死に値する。そう思ってる。でもね。優秀な者をあっさり切り捨てることもできないんだよね。だから、キミのことも、殺したくてたまらないけど、もったいないと思っちゃうんだよね」


 一歩、キーファの方へ歩み寄る。


「お前、かなりの変人だな」

「うん、よく言われるよ」


 にこにこと笑う。


「でもね、これくらいこなせないとやってけないからね。王都では。知ってる? 王都にはボクなんか可愛いと思えるほどの腹黒がいっぱいいるんだ」

「――さあな」


 キーファはさらりとかわす。


 ――まあ、知っていたとしても、言うわけがないよな。


「キミ、イーリンとやり合いたいって言ったんだって?」

「ああ――『赤の女王』とやれるなら、そのあと死んでも構わねぇ」

「それ……本心?」


 ピコの疑うような視線に、キーファはあっさりうなずいた。


「黒角族でも伝説になってるからな、『赤の女王』は。ここ数年はすっかり鳴りをひそめたって話だったけど、一目見てわかった。あの女が『赤の女王』だってな」

「『赤の女王』ね……」

「否定しないんだな」


 にやりとキーファは笑った。が、ピコは表情を動かさない。


「キミが全力出したとしても勝てないと思うけど――それでもやる?」

「それでも構わねぇって言ったろ?」

「ふぅん……キミも結構変わり者だねえ。じゃあ……その立ち会いを認める代償として、ひとつ働いてもらおうかな」


 ピコはきらりと目を光らせた。口角は上がっている。


「構わねぇよ。やれるならな」

「じゃ、契約しよっか」


 ピコは懐から紙とペンとインク壺を取り出した。部屋の真ん中の石机に歩み寄る。


「契約……?」

「あ、代償は前払いだからね。今のキミ、全力出せないでしょ? だからキミが全力出せるようになったら立ち会いを認めてあげる。もちろん、ボクも立ち会うよ。ほんとは明日立ち会いしようかと思ってたんだけど、明日じゃどうやっても勝てないもんね」


 前払いと聞いてキーファはあからさまに眉間にしわを寄せた。


「心配しなくていいよ。いつまでも立ち会いを引き伸ばしたりしないから」


 そう言いながらピコはペンを走らせる。


「えっと、こっちの文字は読めるよね? こっちが『赤の女王』と立ち会う権利の契約書。立ち会いの前にはもう一枚サインしてもらうけどね」


 机の上に書いたばかりの書類とペンをキーファに向けて置き、ピコはにこにこと笑う。キーファは鎖を鳴らして立ち上がると、机に歩み寄った。


「代償にあたる労働の内容については書かれていないが?」

「ああ、書かなきゃダメ? キミができるのは暗殺か護衛でしょ? 今度ねえ、ドラジェの仕事でボク、王都に行くんだよね」

「……は?」


 いきなり話題が変わったせいだろう、キーファは呆けた顔を見せた。


「ドラジェって……俺の首に賞金かけてる前の雇い主だろ? なんでそいつとお前が――っ」

「だから最後まで聞けって」


 続けて喚き立てようとしたキーファを手で制す。


「ボクはねえ、許してないの。キミもそうだけど、サーヤを攫い、薬を投与させたあいつのこと。だからねぇ……徹底的に叩き潰すことにしたんだ」


 うふふ、と笑いながら語るピコに、キーファは目を丸くする。


「ドラジェの企みも、ドラジェ自身も、ね。だから彼のところに潜り込んでるんだよねえ。他にも護衛は何人かいるらしいけど。でもボク自身はそれほど強いわけじゃないから、こっそりイーリン連れて行くつもりなんだ」

「『赤の女王』を……?」

「でね。王都までだいたい片道十五日かかるんだよね。大所帯の馬車だから。その間さぁ、イーリンがいないとキミにご飯運ぶ人、いなくなるんだよね。戻ってくるまでここで待ってたらキミ、干からびるでしょ?」

「当たり前だっ! てめぇ……やっぱり殺す気満々じゃねぇかよっ」

「だーかーら、落ち着けって」


 机を挟んで座っているピコは、いきなり胸ぐら掴み上げられて立ち上がった。が、ピコはその手をやんわり外す。


「キミにはイーリンの手足になって、ボクの影として王都まで護衛ボクの護衛をして欲しいわけ。もちろん、王都に着くまではボクとイーリンに逆らうことは許さないけどね。王都に着いたらイーリンとの立ち会いの場を設けるから」


 楽しみにしてて、と笑うピコに、やはりキーファは戸惑いの視線を向ける。


「……お前、ほんっとに変わってるな」

「うん、よく言われるよ。でなきゃ風来坊なんかやらないよ」


 罪のないピコの笑顔にため息を一つつくと、キーファはペンを取り上げてサインした。


「ほいっと。じゃ、契約に則ってキミには働いてもらうね。ああ、それと、鎖は外しとくね。イーリンとちょこちょこやりあってるんだって? 体が鈍ると仕事にも差し支えるしね。でもこの石牢からは出ないでね。まあ、魔法で封じてあるから出られないとは思うけど、出たらイーリンに殺していいって言ってあるから」

「――容赦ねぇなぁ、お前」

「うん、契約破る人間には容赦しないよ。まあ、死にたいなら止めないけど」


 キーファは両手を上げて降参の意を示した。


「わかったよ、従う。飯はたっぷりくれよな」

「イーリンに伝えておくよ」


 からんと音を立ててキーファの両手足にかけられた枷が外れた。そのまま鎖が壁のほうに手繰り寄せられていく。

 振り向けば、ピコはすでに鉄格子の外にいた。


「じゃあね、詳しくはイーリンに聞いて」


 そのままひらひらと手を振りながら出て行った。

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