67.検査とか
※20151206 改行位置修正
「おつかれさまでした」
病室に戻ってきたところで看護婦さんがにこやかに迎えてくれる。これは車いすを押してる看護婦さんへのねぎらいだろうか。とかふと思ったりして。
「はい、木村さん。おつかれさまでしたー。あとで先生が検査結果とかお話しに来ますから、それまで病室で待っててくださいね」
ベッドに座り、あたしはうなずく。というか、検査室までぐらいなら自力で歩いていけたのに、なんで車いす?
丸一日以上眠ってたのが悪かったのかも。点滴は続いてる。体の調子はずいぶんよくなったし、リハビリ代わりに歩きたいのに。
「お昼ごはん、まだですよね。もらってきますから待っててくださいね」
看護婦さんはにこやかに退室していく。時計を見ればもう十四時を過ぎてた。検査だからって絶食させられてたもんね。
冷蔵庫からドリンク取り出して一気飲み。あー、のどが渇いてたんだよね。冷たいお水がすごくうれしい。
ずいぶん経って持ってきてもらった食事は、今作ったのか温めなおしたのか、あつあつだった。病院のご飯はあまり美味しくない、と思ってるけど、できたてならそれなりに美味しい。
ぺろりと食べきって横になる。
テレビをつけてみるけど、平日昼間のテレビって面白いものないのよねえ。ワイドショーとか興味ないし、再放送のドラマとかならぎりぎりかなあ。でも続き物だと前を見てないと話が分からないし。
あー、DVDとか見られるといいのに。それよりPC持ってきてもらえたらなあ。……盗難の危険があるから持ち込むなって言われたけど、あんまりに暇だもの。スマートフォンがあれば暇つぶしに困らないのに、本を読むかゲームするか、その程度だもん。
あたしはため息をつくと目を閉じた。
目を開けると天井が見えた。木目。
――見える!
がばっと体を起こし、あたしは周りを見回した。窓からは明かりが差し込んでる。昼間だ。多分あのまま彩子は寝ちゃったんだろう。入院してると昼間寝ちゃうから、よくこっちに来るのよね。
よかった……耳の次に目が回復してきた。もう少ししたら口も戻るだろう。
あたしはベッドから降りた。ここは昨日までいたあの部屋じゃない。
昨夜のことを思い出す。イーリンの声が聞こえてた。誰かがあたしの心に触っていった。
――酷い感触だった。心臓を掴まれるとか頭をかき回されるとか、そんなもんじゃない。心の奥を無理やり暴かれていく感触。ぞっとした。誰かわからない人間に奥まで見られた。……最悪だ。
自分の体をしっかり抱きしめる。大丈夫……大丈夫。自分に言い聞かせて、こみ上げてきた感情を押し殺す。涙なんか流してる場合じゃない。
くるりと見回して、筆記用具とメモを探す。眼と耳があれば、あとは筆談でなんとでもなる。机の上には色々書き込まれたノートがあった。多分これはリュウが使ってるものだろう。他にはと探したけど、本棚とかも特に何もない。
リュウが帰ってきたら頼んでみよう。
足音がして、扉の方を向く。乱れた足音が二つ。……なんだかよろよろ歩いてる感じ。重たいものでも担いでるのかも。もう一つは多分、イーリン。
扉を開けにいくと、ピコがリュウを担いで立ってた。青いラインの入った白いローブ姿のピコなんて、久しぶりに見た気がする。
「あ……れ? サーヤ? 何でこんな時間に」
ピコの声にリュウが顔を上げた。それよりもなんでリュウが担がれてるの?
唇をパクパクさせたけど、読めないみたい。
「あー、ともかくサーヤ、ちょっとどいて。リュウをベッドに運びたいんだ」
言われてあわてて横に退ける。ピコはベッドまでリュウを運ぶと、ごろんと背中の彼を放り出した。
「痛っ……ピコ、落とすなよ」
「ここまでなんとか落とさずに来れたんだ、感謝してほしいな」
リュウは顔を歪めて言い、それから目を閉じた。顔色が真っ青だ。額に脂汗も浮かんでる。手足も自由にならないみたいで、転がされた状態のまま横になっている。
どうして……?
ピコを振り返ると、彼はやれやれと頭を掻いた。
「まさかこんな早くにサーヤが帰ってくるとは思ってなかったんだよね。……リュウ、不可抗力だからな」
「……わかって、る」
苦しい息の下で喋る。あたしはタオルを探すと水差しの水を染み込ませた。
ベッドの傍に戻ってリュウの汗を拭くと、リュウはうっすらと目を開けた。
「大丈夫、だから。寝てれば治る……サーヤ、見えるように、なったんだね?」
うなずく。
「あ、そっか。そうだよね。気が付かなくてゴメン」
ピコはようやく気がついたようで、そう言うと笑う。
「じゃあ、リュウの手当てはサーヤに任せてもいいかい? ボクはちょっと野暮用があってね」
ピコを振り向いて、あたしはうなずいた。『任せておいて』とつぶやく。
「おっけー。じゃあお願い。イーリン、水桶持ってきておいて」
「承りました」
ピコが出ていき、イーリンが水桶とジュースを差し入れてくれたあとはリュウと二人になった。
ベッドの側に椅子を引っ張り寄せて、あたしはリュウをじっと見守る。のろのろと差し伸べてくるリュウの手を握ると、弱々しく握ってきた。こんなに弱い握力しかないリュウなんて、見たことがない。
どうしたの……? 何があったの?
そう聞きたいのに、声が出てこない。唇だけ動かしてみても、リュウは相当しんどいのだろう、ほとんど目を閉じたままだ。
何度も温んだタオルを取り替える。激しく上下していた胸はだんだん静かになって、安定した呼吸になった。多分眠ったのだろう。
汗で張り付いた前髪を剥がし、額に浮かぶ汗を拭う。
そのままあたしは、現実の彩子が目を覚ますまで、そうしていた。




