66.実験
※今回は薬の人体実験をしております。かなり適当な描写ですみません。
ご不快に思う方もおられるかと思いますので、その場合は飛ばしていただければと思います。
※20151206 改行位置修正
「くっ……」
リュウは冷たい石畳の上でうつ伏せになって倒れていた。体にあたる石の冷たさが逆に心地よいほど、体温は上がっているのを自覚する。
うつ伏せた状態で、ノートに簡単な計算を書き続けている。手は震え、視界もぶれが始まってきたものの、まだこなせない程ではない。
「何分経った」
「服用して十二分です」
冷静に観察する二人の声が分厚い膜の向こうでしゃべっているように聞こえる。
たしか、サーヤの話では即効性が高かったと聞いている。だが自分で作った薬では十二分でもまだ意識を失っていない。思考能力が衰えない。森の番人だからなのか、とも思う。サーヤは普通の人間だ。森の番人ははるかに体も強靭で薬への耐性も高い。
「だからリュウで実験しても同じ結果は出ないって言ったのになぁ」
幼なじみがつぶやくのがくぐもって聞こえる。
「でも、その理論で行けば、黒角族に投与しても意味はありません」
「だよなあ……やっぱり召喚者でない被験体がほしいところだけど……ぐは、そんな目で睨まないでよ、リュウ」
顔をあげて幼なじみを睨みつける。こんな酷い効果の薬、誰が好んで被験体になろうと言うのだ。そんな実験は許せない。
「わかってるって、何にもしないってば。ほらほら、計算続けて」
言われて手元のノートに視線を落とす。ぶれがひどくなってきた。白いノートに引きずられて要らぬ記憶が再生され始める。いびつな記憶たち。
「ぐ……はじ……まったっ……!」
ペンを取り落とし、リュウは顔を両手で覆うと体を横にして縮こまった。耳から入ってくる言葉が切れ切れになる。
横になって目を開ける。誰かが立っているのが見えた。が、それが誰なのか認識できないまま、記憶の渦に滑り落ちていった。
「何分?」
「十四分です」
「……これで効き目が切れるまで待てって? リュウの体で実験しても意味ないよ。解毒剤のテストに切り替えよう」
ピコはいらいらと指で己の腕をタップしながら、目の間で悶絶する幼なじみを見下ろした。
暴れるという情報はとりあえずなかったので拘束はしていない。もしこれが森の番人の姿のリュウであったなら、間違いなく拘束具でがちがちに固めてるだろう。
だが、今のリュウは多少体つきのいい普通の人間だ。力は……ピコより強いけど。
「ですが、最低でも半刻は待てと」
「半刻……こんな状態を観察し続けるのか?」
「――ピコ様は退室なさってください。私が最後まで見届けます。仕事ですから」
赤毛のメイドはリュウから一時も目を離さず言う。ピコはため息をつき、首を振った。
「いや……これも仕事だよな。すまん。最後までボクも付き合う」
「そうですか。……では、お願い致します」
場所を変え、椅子をイーリンとは反対側の壁に置いて座る。リュウの体はピクピク動いて時折跳ね上がったが、それも次第に小さくなった。
半刻もすると、リュウの体は完全に弛緩していた。開けられたままの目、口から涙と涎ががでつづけている。時折ひくひくと声を上げるのは、見ている夢か記憶の欠片で引き起こされた反応だろう。
目の前で手を振っても腕をつねっても何の反応もない。
――黒角族の時と同じか。
あの男を捕まえた時に投与した薬でどういう反応を起こしたのか、ピコは知っている。効果の発現が早いか遅いかだけで、ほぼ同じと見ていい。
「イーリン、解毒剤を」
「分かりました」
リュウを二人がかりで上向きにさせ、だらりと出た舌を元のように戻す。この口に解毒剤を流し込んで、ちゃんと飲み込めるのだろうか。不安が募る。
「ピコ様、これを」
渡されたのはあの薬とは反対の赤い薬だった。
封を開けるとなんだかピリッと辛い臭がする。
「観察を頼む」
「はい」
口の中に薬を少しだけ流し込む。いきなり流し込まれた薬は気管に入ったのか、リュウは咳き込んだ。吐き出しそうになるリュウを全体重をかけて必死で抑えこみ、瓶の残りを流し込む。しばらく口を閉めるように押さえていたが、喉が動いたのを確認して再び口の中を見る。流し込んだ薬は匂い以外は残っていなかった。
「なんとか飲めたようだ」
「では、計測始めます」
通常の自白剤の解毒剤であれば十五分ほどで効く。だが、今回の薬は自白剤よりも毒の成分が多い。リュウの予測では半刻はかかるだろうとのことだった。
解毒剤の作用は分からないが、リュウはただ眠っているだけに見えた。呼吸は浅いが、睡眠薬などを摂取した時とあまり変わらないように見える。
予想を超えて一刻ほど経ったところでリュウは身じろぎした。冷たい石の上で上を向いたまま硬直していたのだ、体が痛いのだろう。しきりに寝返りをうとうとしているのが見て取れる。
手を貸そうとしたが、イーリンに止められた。完全に覚醒するまで観察を続ける。これがリュウからの依頼だった。
それからまもなくまつげが揺れ、目を開けた。最初はぼんやりしていたが、手を振ってやると、目尻が下がった。誰が手を振っているのか、認識できたのだろう。
目を開けてからはしばらく時間がかかった。体を起こすのはかなり怠かったようで、うつ伏せに態勢を変えるのがやっとのようだった。腕で自分の体を支えて起き上がったのはそれから半刻後。
「聞こえるか?」
「ああ……聞こえる」
「手足は?」
「まだ痺れてるな。力が入らん」
「喋りにくそうだな」
「それもあるな」
「イーリン、ここまでで何分だ?」
ピコがメイドを振り返って言うと、彼女は時計を見た。
「解毒剤投与からは百八十七分です。覚醒までが百二十六分、そこから体を起こすまでが六十一分です」
「一応成功と見てよさそうだな」
ピコが言うと、リュウはうなずいた。
「あの薬はだいたい投与されて半日は効果が持続していたんだったな。三時間で解毒できるなら早いほうか」
「そうだな。薬の効果が出にくいのはリュウの体質だろう? 解毒剤も案外効果が出にくかったのかもしれない」
「かもな。……腕を貸してくれるか」
ピコの手を借りてリュウは立ち上がった。膝の震えもあるのだろう、歩くのにかなり無理がある。
「ちょ、ちょいタンマ。リュウを担いで部屋に戻るのは無理だよ。ボクそんなに力ないし」
「じゃあ、私が」
イーリンはそう言うと手にしていた筆記用具を机の上に起き、リュウの反対側の肩に体を差し込んだ。が、身長差がありすぎてリュウはぐらりと倒れそうになる。あわててピコはリュウの体を引っ張りあげた。
「ちょっと高さが低くない? ボクがおぶっていくよ。イーリンは試料とか全部回収して持ってきて」
「かしこまりました」
リュウの腕を肩から前に回すと、腕をかついでずるずると歩いて行く。
「足先が削れそうだ……」
石畳をこする足先が痛いのだろう、リュウは悲鳴を上げる。仕方なく膝を抱えると、よろよろと階段を上がり始めた。
ごめんなさい、本業が立てこんできました。
他の4本の連載も含めて一日一本が限度のような気もします。
もしくは今日みたいに、日が変わってからの投稿になる可能性もあります。
どうぞご容赦くださいませ。




