64.ザジ
すみません、まだ1月9日が続いてました……。
次回は日が変わります。
※20151206 改行位置修正
「ところでさぁ、なんでドラジェの依頼があいつの護衛だったわけ?」
ザジは床に座り込んで酒を呷る。ベッドに寝転んでいたルー=ピコは起き上がり、シッと唇に指を当てるとザジの横に移動した。
狼亭を引き払ったものの、ザジたちの宿は空きが出ず、しかたなくザジの部屋に転がり込んだ。タンゲルの部屋でも良かったのだが、タンゲルのほうが固辞した。ザジとタンゲルが同じ部屋、というのも考えたが、ザジが嫌がったのだ。まあ、情報の整理もしたかったし、同室のほうがありがたい。
ザジの耳に唇を寄せてピコの声で囁く。
「あいつは単なる荷物の配達人だよ。護衛がついてたろ。ただ――最初の予定からは変わったんじゃないかな。治癒師の派遣はボクが依頼したものだけどね」
――治癒師の派遣はボクからオードに頼んでおいたものだ。ボクの名前を出していい、と言ってあるし、秘密の守れる者で且つボクの知る人間を派遣してほしいと伝えておいた。心当たりは何人かあったけど、ミリオンは完全に予想外だったな。
「でも、ドラジェが待ってた客とは違ったろ?」
「だから、予定が変わったんじゃないかって」
ミリオンを見た時のドラジェの驚きははっきりと見て取れた。多分、別の――王都の商業組合関係者か、直轄地になったあとこの地域を下賜されるどこぞの貴族の子息でも来る予定だったんじゃないだろうか。
それを横槍を入れてミリオンが来た。
「胡散臭いな」
「そう」
今回の件には王族が関わってる。オードの調査結果待ちだが、ほぼ間違いないだろう。それに、あのミリオンが、何の企てもなく単なる治癒師として乗り込んでくるとは思えない。ミリオンがそれなのか、それとも他に何か目的があるのか。
少なくとも、ドラジェとミリオンにはつながりがある。それは確実だろう。直接ではないにせよ。
ドラジェはミリオンの姿を知らなかった。ミリオンはザジやルーのように姿を変えているわけではない。名前のみを偽った治癒師。いや、治癒師としての名前はテキーラなのだ。偽ってはいない。
ドラジェ宛の客に横槍を入れて成り代わる。それだけの位置に彼はいる。
ノック音がして、扉の下からメモが差し込まれる。すばやく立ち上がるとルーはメモを取り上げた。
「何?」
「狼亭の大将からの伝言ね。部屋の引き払いの件よ。もともと一ヶ月分前払いしてたから、お金返してくれるって」
「ああ、そりゃよかった。明日にでももらいに行ってくれば?」
「そうする」
元の場所に座り、ピコはメモを放り出した。ザジが取り上げてチラッと見る。
「――あいつ、赤の女王にまで手を出そうとしたのかよ」
「だけならよかったんだけどね」
ピコは眉根を寄せ、ため息をついた。メモにはイーリンからの報告も書かれている。もちろん、読み方を知らない人間が見れば、最初に言ったとおり、狼亭の大将からの伝言しか見えない。
――甘く見過ぎてた。サーヤに怖い思いをさせた。これは許せない。ボクが王都に行ってる間、教会でサーヤとリュウを保護してもらうつもりだったけど、ミリオンの側には置いておけない。……もちろんイーリンもだ。
「ねえ、ザジ」
「ん?」
頬にキスする振りをして耳元でささやく。
「この仕事、外れてくれない?」
「……簡単に言ってくれるねえ」
ぐいと腕を掴まれた。痛い。ザジの全身から怒りを感じる。勝手を言ってるのはわかってる。何のために仕事を放り出し、姿を変えてまでここに来てくれたのかも。
「ピコ。召喚者ははやいとこ森に戻せ。その二人とお前がいないなら、赤の女王を教会に残す必要はないんだろ? 王都行きにこっそり同行させりゃぁいいだろが」
この街の諜報活動の要はイーリンだ。それに――。
「……地下牢の黒角族の世話がある」
「――ああ、あれか。それもミリオンからは隠したいんだろ? 俺に預けるより危険だろうからな。そもそもそいつ、どうしたいわけ?」
ザジの言葉にピコは黙りこんだ。
――サーヤを傷つけたことは許せない。あいつが忘れたことをサーヤは覚えてる。自由に解放するつもりは全くない。薬の実験台にしてやるつもりだった。だが、リュウはそれをよしとしない。
あの光の羽を面白いと思ったのは事実だ。ただの黒角族ならとっくに殺してる。
「――明日は休みだったよね。少し出かけてくるわ。少しだけ時間をちょうだい」
ルーの声に戻り、ピコは体を離した。
「分かった。……何かあったら力になる。俺を頼れよ」
「ありがと」
ベッドに戻り、ピコは横になった。ザジがメモをランプに放ると、あっという間に灰になって消えた。




