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62.赤毛のメイド

※20151206 改行位置修正

 鉄格子の中で金属音が鳴る。じゃらりと鳴る鎖の音だけではない。金属同士が鋭く斬り結ぶ音。暗い中で時折火花が散る。

 黒角族ディードが左足を軸に回し蹴りを叩き込む。赤毛のメイドは重心をずらして避けると同時に目の前に流れてきた鎖をつかんで引き寄せる。バランスを崩したように見えた男は腕を振るって鎖をメイドに叩きつける。

 それを暗器でいなし、メイドは右腕を軸にしてくるりと足払いをかけた。が、男の軸足はびくともしない。飛んできた足を男が鎖で絡めとると、メイドは体を捻って己を吊るそうとする鎖からするりと抜け、後ろに飛び退った。

 鎖の届かない位置に降り立つと、メイドはスカートについた埃を払った。手にしていた暗器はすでに隠した後だ。


「逃げんのは反則だぜ」

「時間だ。今日は客が来るのでな」


 チッと舌打ちして、男はいつもの場所に座り込んだ。


「ここにいつまで繋ぐつもりだ。体が鈍る」

「運動につきあってやっているではないか。それで我慢しろ」

「それに食事。一日一食で足りるかよ。逃げねえから三食食わせろ」

「体力がついたら逃げやすくなる。あの方の指示がない限り今のままだ」

「あいつはいつ戻ってくるんだ」

「当分戻らない」

「……なんだと」


 男の目が鋭くメイドを睨みつける。


「お前は言ったよな。ここから出るにはあいつの許可が必要だと。――このままここで俺が死ぬのを待つつもりか?」


 メイドは答えない。


「違うよな。殺すつもりなら飯の差し入れもないはずだ。俺に利用価値があると思ったから、あれだけの拷問をしながらも俺を殺さなかった。そうじゃねえのか?」

「あの方の考えだ。私はあずかり知らぬ」

「――なら、あいつに伝えろ。『俺はいつまでも待つつもりはない』とな。殺すなら殺せ。こんな場所で飼い殺される位なら死んだほうがマシだ」

「いいだろう。伝えておく」

「それと――あんたとは一度マジにやりたい。こんなハンデなしでな」


 ちゃり、と鎖を鳴らして男は笑う。


「それも伝えておく。が、期待はするな」


 机の上の盆を取り上げ、メイドは石牢を出て行った。





 外に出るとすでに夜の帳は降りている。

 イーリンは教会の祈祷室へと道をたどる。教会の入口の扉を開けると、四人の男女が立っていた。青いラインの入った白いローブの男。それから便利屋らしき女が一人。傭兵らしき男が二人。


「お迎えが遅くなって申し訳ございません。どうぞお入りください」


 四人を祈祷室へ迎えると、イーリンは最大級の礼をもって新しく赴任してきた治癒師に頭を垂れた。


「案内役を仰せつかりました、イーリンと申します。御身のお部屋へご案内いたします」

「そう、ありがとう」


 金髪の治癒師はそうにこやかに微笑みを返すと、後ろの三人を振り返った。


「今日はどうもありがとう。おかげで楽しい一日が過ごせました。この街もよく知ることが出来ました」


 護衛役だったのだろう。後ろの三人は口々に礼を言っている。


「あの、ところでこの荷物はどうしましょう?」


 三人のうち、男二人が大きな紙袋を抱えている。背中にも何かを背負っているらしい。


「ああ、そうだね……君、イーリンといったっけ。彼らに荷物を運んでもらっても構わないかい?」


 新しい治癒師は振り返った。イーリンは少し眉根を寄せた。


「あの扉より奥は、教会関係者以外は入れぬ決まりとなっております。護衛の皆様をお連れするわけには参りません。荷物でしたら私がお預かりしますので、護衛の皆様はこちらでお待ちいただけますでしょうか」

「そう? じゃあ、お願いします」


 護衛の男二人は顔を見合わせたが、教会の掟を知らないわけではない。仕方なく二人は荷物をその場にすべて降ろした。


「では、お願い致します」


 イーリンは一人分の荷物を抱え上げると、治癒師に合図をして奥の扉へと向かった。

 後ろで扉が閉まると、金髪の治癒師はくすくすと笑い出した。


「そっか、君はここにいたんだねえ」

「……お静かにお願い致します。他の治癒師たちはすでに寝入っておりますゆえ」


 つん、と後ろから髪の毛を引っ張られて、イーリンは全力で飛び退った。赤い瞳に怒りを込めて治癒師を睨みつける。


「お戯れはおやめください。ここは教会です」

「分かっているよ。早く部屋に案内しておくれ。それにしても荷物、重いだろう? 私が持つよ」

「いいえ、お構いなく。どうぞこちらへ」


 差し出された手をさらっとかわして、イーリンは先へと進んだ。眉根を寄せ、虚空を睨みながら、唇を噛み締めて。





 治癒師を部屋に案内して、荷物を二往復して運び終えると、イーリンは祈祷室へ戻った。

 三人はやはりそのまま待っていた。


「お待たせいたしました。お荷物は全て治癒師様のお部屋へと運び込みました。ここまでありがとうございました」


 心づけに、とイーリンは準備していた小袋を三人にそれぞれ差し出した。


「これは?」

「治癒師さまからと教会からの御礼の気持ちです。どうぞお持ちください」


 小袋にはそれぞれ、傷薬や毒消し、護符などが入っている。中を確認して、三人はイーリンに頭を下げた。


「では、テキーラ様にどうぞよろしくお伝えくださいませ」


 胸に手を当てて、三人は出て行った。途中、女の便利屋がちらりとイーリンを見やったのに気が付き、イーリンは小さくうなずいた。

 扉が閉まると、イーリンはエプロンのポケットに手を入れた。そこにはいつの間に入れられたのか、手紙が入っている。月の光で読めたそれは、ピコの手による字に間違いなかった。

 入り口の扉の方をちらりと見やると、イーリンは奥へ続く扉へ身を翻した。

 女の便利屋に渡した袋には、こちらからの通信文をわからないように入れてある。追加の指示は今夜中にいただけるだろう。

 手紙を服のあわせに隠すと、新しい治癒師の部屋へ取って返した。

 部屋へ入ると、治癒師は荷物を片付けているところだった。


「護衛の皆さんはお帰りになられました。お言いつけの通り、お礼をお渡ししておきました」

「そう、ありがとう。ところで、ピコは何か言ってきたかい?」

「いいえ、何も。では、私も失礼いたします。後ほど管区長が参りますので、教会の中につきましては管区長から説明をいただいてください」


 頭を下げ、踵を返す。と、肩をぐいと引かれて、イーリンは立ち止まった。背後に金髪の治癒師が立っているのが分かる。


「イーリン、私を助けてくれるのだろう?」

「いいえ、私がお助けするのはピコ様ただ一人です。――失礼します」


 肩の手を振りきって、イーリンは部屋を出た。

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