61.市の日
※20151206 改行位置修正
街の西に設えられた広場は人でごった返していた。市の日だけはこの広場に露店が並び、近隣の村からも客が集まる。
「さすがに規模でかいな」
「これのせいで宿が一杯だったんだな。なるほど」
露店の天幕の布の色から、遠い国からの行商も来ているらしい。あざやかな赤や空色は砂の多いこの地域ではとれない花の色だ。
「さて、しばらくは自由時間にしようか。僕はルーと回る。君たち二人は付かず離れずぐらいで警護を頼むよ」
長い髪の治癒師は楽しそうにそう言うとルーに腕を絡めて歩き出した。ザジは拳を握りこむ。
ザジの視線は亜麻色の頭に釘付けだ。
それを知っているのだろう、ちらりと治癒師はザジに視線を向けた。
「……いくぞ」
ある程度離れたところでタンゲルはザジの肩を押して歩き出した。
「……で、なんでキミが出張ってきたのさ、ミリオン」
にこやかな顔を維持したまま、ルーはピコの声で腕を絡めてくる治癒師に囁いた。
「やだなあ、テキーラって呼んでよ。今はただの治癒師なんだから」
テキーラもふふふと笑いながら囁く。傍から見たら、甘くささやきあう恋人同士にも見えるだろう。
「だって、君は王都に行くんだろう? ピコ。なら、風来坊の身代わりがいるじゃないか」
「キミに身代わりは無理だよ。それに風来坊なんだから、ピコがどこに行こうとこの町の人間は気にしやしない。この間戻るまでは一ヶ月ほど留守にしてたしね」
「だけど、ピコとして出かけるわけじゃないだろう?」
「別に、いつも門から出かけてるわけじゃないし。まあ――でも、ドラジェの捕縛に手はいるしね。協力はしてもらえるんだろう?」
ピコが薄く笑うとテキーラは妖艶な笑みを浮かべた。近くに女性がいれば、見惚れていただろう。
「そのために来たんだしね」
「――キミが王都でひと暴れしてくれればボクが王都に行く必要はないんだけどね」
「やだよ。『この街は自分で守る』んだろ? 僕がやるのはその手伝いだけだ」
途端にピコは眉根を寄せ、笑いを消してため息をついた。
「……やっぱムカツク」
「女の子がそんな顔をしちゃだめだよ」
テキーラの声にピコは唇を尖らせた。
「ああ、そうそう。君のところで召喚者を保護してるんだって?」
ぴくっとピコの眉が跳ね上がる。
「――キミには会わせないよ」
「さあ、どうかな?」
「――ミリオン、今回はこの街のためにキミと手を組むけど、ボクの手の内を全部晒すつもりはないし、キミの好きにもさせない」
ピコは一切の感情を消し、冷たくテキーラを睨みつけた。しばらくその瞳を見つめていたテキーラは、肩をすくめて目を閉じた。
「わかったよ、可愛いピコ。君のオモチャは取り上げない。でも、会わせてくれるくらいはいいだろう?」
「彼らがそれを望めばね。……ザジ、あたしちょっと買うものがあるのよ。交代してくれる?」
ルーの声に戻して後ろに控えていたザジに声をかけると、ザジは嫌そうに近寄ってきた。
「じゃ、あと任せたから」
それだけ耳元でささやくと、ルーはその場を離れた。
かなり離れてから、後ろを振り返る。ちょうどザジがタンゲルを呼んだところだった。三人で行動していれば、とりあえずは大丈夫だろう。護衛も監視も山盛りついてる。たとえ何があっても、ミリオンに害が及ぶことはない。
少し歩いてから、壁際の露店を探し当てる。老婆が座り込んでいる店だ。店先に並べられたかごの中にはこぶし大の硬いパンが入っている。
「こんにちは」
声をかけると老婆は顔を上げた。ルーの顔を見て、少しだけほほ笑みを浮かべる。
「ああ、あんたかい。今日はいくつ入り用だい?」
「じゃあ三つ。あ、それとは別に三つ。合計六個頼む」
「はいはい。六アルシね」
紙袋にかごから適当にパンを詰め込んでいく。
「じゃあこれ」
紙袋を受け取ると、ルーは鞄から紙幣を取り出した。その中に妖精のラベルを紛れ込ませる。
「まいどあり。また次の市でもよろしく頼むよ」
「ああ」
にこにこと笑って老婆に手を振り、ルーは店を離れた。
少し離れてから振り返ると、老婆はもう店にはいなかった。
――監視がひどすぎる。こうでもしないとイーリンに連絡もできないとは。連絡鳥も迂闊に飛ばせない。ここにいるルーは魔法使いじゃないしな。
少なくとも、今監視しているだろう魔法使いたちに自分の正体はばれていないはずだ。だから、命の危険でもない限り魔法は使わない。
町の視察が終われば教会に戻る。それでも護衛であるルー・ザジ・タンゲルは奥まで入れない。
この町を離れるまでに一度、サーヤとリュウに会っておきたいが、この様子では無理かもしれない。その場合は、イーリンに一任するしかないが……。
「仕方がない……手紙セットでも買って、便利屋を雇うか」
自分自身が便利屋だというのに、本末転倒だ。ルーは苦笑を浮かべながら、文具屋を探し始めた。