53.扉(ゲート)再び
※20151206 改行位置修正
闇の中に一人座っていると、いろいろなことが頭をよぎる。
現実でのこと。見えないこと。ラトリーのこと。扉のこと。
音もなく光もない世界。感触や匂い、味はまだあるから、食事だけは楽しめる。
でもそれ以外は――恐怖でしかない。
今のあたしはすごく鼻が利く。
目が覚めたら、いい匂いがしてた。甘い花の匂い。あたしが光を失った時にもかいだ、リュウのものじゃない匂い。
ベッドや寝具の匂いは寝る前までのものと違ってた。お日さまの匂い。それに香の香り。教会で焚きしめるあの匂いだ。
きっとあたしが眠ってる間に――もしくは、あたしを眠らせておいて、教会に運んできたんだ。トラントンじゃない。 多分……トリエンテのあの教会。
ここへ移してくれたのはピコなんだ、と悟る。リュウも一緒に来てるんだろう。薬の分析をするって言ってたし。
食事を持ってきてくれた人には匂いがなかった。人がいるのはわかるのに。腕を掴まれてあたしは思わず振り払った。知らない人にさわられる恐怖が蘇って、あたしは自分を掻き抱いて小さく縮こまる。
しばらくたってから、リュウの匂いがした。草の匂い。それから――嗅ぎなれない薬の匂い。
リュウの腕が頭をなでて、抱きしめてくれて、ようやくあたしは緊張を解くことができた。
それからはリュウが食事を食べさせてくれた。忙しいはずなのに、手を煩わせてしまってる。申し訳ない、と思う反面、少し嬉しい。あたし、わがままだ。
食欲が戻ってきたおかげか、体を起こすのは苦にならなくなってきた。ベッドから起き上がり、狭い室内を歩いてみることもある。
色々蹴飛ばしてるらしいんだけど、分からない。何かやらかすと、匂いのない人がすっとやってきて何かをしてる。多分片付けてくれてるんだろう。
いつまで続くんだろう。ラトリーは一週間程度って言ってた。これがその――運命の人を見つけた反動なのだとしたら、早く終わって欲しい。
ベッドに座り込んで、見えない目を見開いて、ため息をつく。
目の前に扉があった。
まただ。いつもならすんなり通り過ぎるのに、今日は扉の前で足止めされた。ラトリーが扉の上にいる。
「お久しぶりです、サーヤ」
「そうね。久しぶり。ねえ、あの三重苦はやっぱり反動なの?」
「ええ、そうです。見ざる言わざる聞かざる、ですね」
なんで三猿が出てくるんだろう、と不思議に思う。日本じゃないのに。
「いつまでこれが続くのよ。すぐにでも――」
「彼に能力のことを話して、運命の相手だと伝えたかったですか?」
「えっ?」
ラトリーの言葉に、あたしは言葉を飲み込んだ。ラトリーの声には感情がこもってなかった。
「あなたはそれでいいかもしれない。ですが、彼はどうでしょう。彼もあなたを運命の相手だと思ってくれているとは限らない」
心臓に冷たい針を刺されたように感じた。
「その能力で自分の運命の相手だと知ったから好きになったのだ、と言われて喜ぶ男性はそうおりますまい。そうでなかったとしても選んで欲しい。そういうものではないですかな?」
唇を噛みしめる。そうだ。私もそう思っていた。たとえリュウが運命の相手ではないとしても、リュウが好きだと。
でも、能力のことを言ってしまえば、彼はその思いを信じてくれるだろうか。
「だから、あたしの声を取り上げたの……?」
「ええ。あなたが考える時間を得るために。でもあなたはそれに気がつこうとしないから、ここに呼んだのです」
あたしは唇をかみしめた。
あたしの考えが甘かった。ううん、考えようともしなかった。今の状況に流されっぱなしで。
運命の相手だから勝手に愛されるだなんて思ってた。なんて馬鹿なの、あたし。
王子様は向こうからやってこない。自分で探しださなきゃならない。でも、見つけたところで、王子様が自分を選んでくれるとは限らない。
王子様に選んでもらえるようにあたしも頑張らないといけないのをすっかり忘れてた。これは普通の恋愛なんだ。
――この力のおかげでまともな恋愛、したことなかったもんなぁ。遍歴だけは多いのに。
「ありがと、ラトリー。行くわね」
「お気をつけて」
白ふくろうに手を振って、あたしは扉をくぐった。




