51.黒角族
本日二話目の更新です。
※20151206 改行位置修正
シチューとパン、サラダと果物の乗った盆を手に地下の石牢への道を降りていくのはイーリンだ。控えめなメイド、というイメージとは全く違う、鋭い刃物のような気配をまとっている。
「黒角族、食事だ」
牢の鍵を外すと、鎖に繋がれたままの男は身じろぎしたようで、鎖が鳴る。
手足の枷を石壁につなぐ鎖の長さは牢の真ん中にある石造りのテーブルまでだ。イーリンはそこまで歩み寄ると盆をテーブルに置き、再度「食事だ」と短く言った。
衣擦れの音を立てながら、目の前の男から目を離さず、鉄格子の位置まで下がる。キーファは片膝を立てて石壁にもたれかかってうつむいていたが、黒髪の隙間から片目だけイーリンの方に顔を向けた。両腕には指先まで包帯が巻いてある。
「動きたくねぇ」
「たかだか三日目でもう音を上げるのか、黒角族が」
「おれは黒角族じゃねえ」
「暗殺者としても半端だな」
「てめぇ……殺すぞ」
黒い気配がにじみ出し、イーリンに飛ぶ。が、辿り着く前に気配は霧散する。
「無駄だ。お前の力は及ばない。ここは結界の中心だからな。それより早く食事を摂れ」
「人に見られながら落ち着いて食えるか」
「ならば姿は消してやる」
そう言うとイーリンの姿は掻き消えた。だが気配はそのままだ。
「お前も魔法使いか。威圧感半端ねぇな。何者だ、あんた」
「お前が知る必要はない」
男は目にかかる黒髪をかきあげ、喉の奥でくくっと笑った。
「おもしれえな、お前。――姿見せろよ」
イーリンは姿を現した。鉄格子によりかかり、腕を組んでいる。男は鎖を鳴らしながら起き上がり、テーブルに座った。
パンをちぎり、シチューに浸す。
「お前みたいのが教会内にいるとはな。それにあの男。――只者じゃねえな」
「お前が知る必要はない」
同じフレーズを繰り返し、イーリンは男を睨みつけた。男は無遠慮にイーリンをじろじろ眺め回した。
「ふぅん……なんでお前があの男に仕えてるんだ?」
イーリンは身じろぎせず男の視線を受け止めた。
「以前、闇ギルドの連中から聞いたことがある。血のように紅い髪と目を持つ暗殺者の話。まさか女だとは思わなかったけどな」
「無駄口を叩くな」
「ということは、あの男はお前がそうであると知ってそばに置いてるんだよな?」
食事を進めながら、男は続ける。
「あの男も大概だがな。一つ聞きたい」
「何だ」
「――なぜ俺を殺さない。あの男の目には殺意があった。回復させられながらこれほど傷めつけられたのは初めてだ。何度殺せと思ったか知れない」
男の視線に、イーリンは視線を揺らした。
「あの方のお考えだ」
――サーヤという娘に対する一件、内容を覚えていたならこの男は殺されていた。この男を生かしているのは有用性からだ。
おそらく、とイーリンは男を見つめながら思う。
あの方は、あの娘の目の届かないところにこの男を拘束し、使役するつもりだろう。
「いつまでここにいればいい?」
男は言い、すぐ首を振った。
「ああ、違うな。――どうすればここから出られる?」
「あの方の許可が出れば。そういえば、お前の雇い主がお前を探している」
「何?」
話がいきなり変わったことに男は眉をひそめる。
「お前が『荷物』を横取りして逃げたと思われているようだ。賞金もかかっている。もはや戻ることはかなわん」
「別に――戻るつもりはねぇけど、あんな爺のとこ。まさか賞金首として突き出すつもりか?」
「知らん。あの方が判断されるだろう」
果物を取り上げて男が立つと、イーリンは机に歩み寄った。盆に手をかけた瞬間、男の手がイーリンをかすめた。
「何」
三つ編みの赤い髪に手が触れそうになった。その刹那、イーリンは盆を持ったままは体をひねって回し蹴りを叩き込む。が、男は両腕でガードしていた。
「何のつもりだ」
「別に。たまには体動かさねぇとな」
にやっと笑う男を一瞥して、イーリンは牢を出て行った。




