50.母
※20151206 改行位置修正
入院四日目。だいぶ回復してきたなーと思う。
自力で起き上がれるようになってきたし、少しなら出歩けるようになってきた。トイレぐらいまでは自力で行ける。とはいえ、点滴台がらがら押しながら伝い歩き前提だけど。
「彩子?」
トイレからの帰りに後ろから声かけられた。後ろを振り向くと……うわー、紺色のスーツでぴしっと決めた母が立ってる。なんか大きな袋を担いでるけど。
「お母さん」
「出歩いて大丈夫なの? 早くベッドに戻りなさい」
「あ、うん――ごめんね」
ゆっくり病室まで歩く。
「まったく……恵美ちゃんから電話もらった時はほんとに驚いたわ。一体どういう生活してるの?」
「いや、別に」
うわー、始まっちゃった、お小言。お願いだから病室にたどり着いてからにして欲しい。他の病室に丸聞こえなんだから。反論少なめにしてひたすら歩く。
それにしても……キャリアウーマンの母が平日に来るとか、ほんとありえない。悪いことしちゃったなぁ。
ベッドに戻ってなんとか布団に潜り込むと、母は持ってきた荷物をてきぱきとロッカーに片付けてくれた。
「あなたの部屋に行って着替え取ってきたから。恵美ちゃんにはちゃんとお礼言った?」
「言った言った。この間まで毎日着てくれてたし」
「そう……ねえ、彩子」
ぎくり。いやな話の切り出し方だ。これ絶対。
「もうこっちに帰ってらっしゃい。一人で暮らしてて死にかけるなんて、お母さんぞっとするわ。お願いだから戻ってきて。それにそろそろいい年なんだし」
「イヤ」
予想通りだ。絶対言うと思ってたんだよね……。今回はあたしの体調管理ミスだし、言われても仕方ないけど、でも、今の仕事を辞めたくない。田舎に帰ったらあたしの望む仕事なんかほとんどない。見合いして結婚して家庭に入るコースまっしぐらが予想できちゃう。それだけは絶対いや。
「まったく……はやいとこ結婚して孫の顔見せて頂戴」
「……まさか見合い写真とか持ってきてないわよね」
するとにっこり笑って重そうな紙袋をテーブルに置いた。――うはぁ、やっぱり。
「どうせ暇でしょうから持ってきてあげたわよ。じっくり選びなさいね」
「うげっ」
「これ、言葉が悪いわよ」
「はいはい」
ぱったりとベッドに倒れ伏す。もーいや。跡取りは弟がいるんだからいいじゃない。あたしは好きに生きたいんだから。
「お母さん、明日は来れないけど大丈夫?」
「一日ぐらい大丈夫。土日は恵美が来てくれるから」
「そう……退院が決まったら連絡しなさいね。メールでいいから」
「はいはい」
「木村さん、具合はどうですか」
ぺたぺたとスリッパの音鳴らして、カーテンを引き開けて入ってきたのは主治医の先生だ。名前もろくに覚えてないけど、若そうな先生。オールバックの髪を降ろしてやぼったい黒縁眼鏡外したらけっこういけると思うんだけどなあ。
「ああ、ご家族の方ですか? 初めまして、担当医の山崎と申します」
母に気がついて先生は頭を下げる。母もあわてて立ち上がり、お世話になりますと挨拶してる。
「娘はどんなかんじでしょうか」
「そうですね、順調に回復してますから大丈夫だと思います。週明けにもう一度検査をして、問題がなければあとは通院でのリハビリに切り替えられると思います」
「そうですか、ありがとうございます」
「木村さん、手足のしびれはまだひどいですか?」
「いえ、それほどでもないです」
「そうですか。もう動いてかまいませんから、リハビリも兼ねてあちこち歩いてみてください」
「分かりました」
ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。先生の回診ってあっという間だよね。
急激に眠気が襲ってくる。さっき追加された点滴薬のせいかな。眠そうにするあたしに気がついたのか、母は早々に引き上げてくれた。
現実の彩子のみなので、のちほどトリムーンサイドも書きます。
今日は眠いので、起きたらになりますが(汗




