45.尋問
※20151206 改行位置修正
「ねえねえ、もうそろそろ薬切れたんじゃない? 寝たフリもそろそろ飽きたでしょ」
石畳の床に倒れ伏す黒角族に降り注ぐ明るい声。ちゃり、と鎖が鳴って男が身動ぎする。
「……うるせぇな」
だるそうに体を起こした男はぐるりと辺りを見回した。
ランプの灯り以外に光源がない。薄暗い石牢に鉄格子。手足につけられた枷と鎖。そして鉄格子の向こうの白い姿。白いローブに青い一筋のライン。教会関係者の証だ。
「……誰だ、てめぇ」
「あぁ、そっか。この姿じゃわかんないよね」
ぽむ、と白い霧が立ち込める。見覚えのある旅姿に豊かな金髪の女。
「これでわかる?」
「いや……似たような格好してたやつなら知ってるが、てめぇは知らねえな」
「ふぅん……なるほど。やっぱり直前の記憶は消えるんだねえ」
「……何?」
「あぁ、いや。こっちの話。んじゃ、この姿の女の子は知ってるよね?」
再び白い霧が立ち込めて、さっきの金髪の女よりは背の低い黒髪黒目の女に変わる。
――この女は……。
「……お前、何を知ってる」
男の目に殺気が宿る。が、黒髪の女は薄く笑う。
「あぁ、やっぱりサーヤのことは覚えてるんだねえ」
「……サーヤ?」
眉根を寄せる。が、記憶の底をさらってもその名前は出てこない。
「知らねぇな」
「ふぅん。でもこの顔には見覚えがあるわけか。じゃあ、キミがドラジェの家から彼女を誘拐した本人ってわけだね」
男は黙りこむ。
「沈黙は肯定と受け取るけどいいよね?」
「好きにしろ」
「じゃあ――キミには相応の罰を受けてもらおうかな」
石牢の中の気温がぐっと下がった。
黒髪の女の姿が最初の――教会関係者の姿に戻ると、男の方へと歩いてくる。鉄格子をすり抜けて。
「てめぇ……人間じゃねぇな?」
「キミと一緒にしてほしくないな。黒角族」
まっすぐ歩み寄る相手に拘束の力を迸らせる。……が、白いローブの男は歩みを止めない。
「効かないだと?」
「あぁ、リュウの右腕を止めた力だよね。ボクも魔法使いでね。――普通、これだけ近くに魔法使いがいれば気がつくもんだけど、黒角族には察知できないのかい?」
「……ディードディードと連呼するな」
吐き捨てるように言うと、目の前で立ち止まったローブの男は意地悪そうに笑った。
「その姿でそれ以外にどう呼べと?」
「これでもかよ」
男の背後に光の粒が集まってくる。光は鳥のような白い羽を作り上げると輝きを失った。
「こ……れは」
黒い捻れた角と光の羽。ローブの男の口元が歪んだように見えた。
「ふぅん……キミ、面白いねぇ。じゃあ、名前で呼ぼうか。キーファ」
「……なんで俺の名前を知ってる」
「んー、そっか。それも忘れてるんだねえ。まあいいや。で、キーファ」
ローブの男は再び黒髪の女に姿を変えた。近くにあった背もたれのない丸椅子に腰掛け、足を組むと冷たい視線でキーファを刺し貫く。
「この顔の女にお前――何をした」
石牢の気温がさらに下がった気がした。
「お疲れ様でした」
教会内の自室に戻るとイーリンが部屋に控えていた。ピコは教会のローブと帽子を脱ぎ、彼女に渡す。
「ああ、ほんとに疲れた。あいつ、無駄に強情で頑丈だから手こずったよ」
「それでは」
うん、と頷き、畳んであった旅装を手に取る。
「少なくとも薬を飲んだ前日の記憶はきれいに吹っ飛んでるね。イーリン、覚えてるだろう? 彼女を初めて連れてきた時と、二回目に訪れてくれた時のこと。それから、ドラジェの店まで案内してもらったこと」
「はい」
着替えを手伝いながら、イーリンはうなずく。
「彼女はトリエンテに到着したことを覚えてなかった。ドラジェの店に行ったのは翌日の夜だから、概ね二日分の記憶が消えてることになる。そして、あいつは『荷物』に薬を与えてたこと以外覚えてなかった」
ぎりりとピコは唇を噛んだ。
――彼女はあいつを恐れてた。殺されかけたのも間違いなくあいつの仕業だ。あいつが忘れた二日の間に、サーヤを弄んだのは間違いない。あいつが覚えてないのだけは幸いだ。
「それにしても……誰が作ったんだろうねえ、この薬。使いどころを間違わなければ実に便利な薬だけど」
ピコの不穏当な言葉にイーリンは眉をひそめる。
サーヤの救出はトラントンのドラジェの倉庫から離れたところで行われたため、まだドラジェには何も伝わっていない。トラントンの倉庫の管理人さえ気がついていないだろう。
ドラジェを吊るし上げるなら、他の近隣の倉庫も同時に摘発しなければあの糞爺はのらりくらりと生き延びるだろう。この薬の出処もつかめなくなる可能性がある。
王都側の調査結果はまだオードから届いていない。動くにはもう少し時間がほしい。少なくとも、サーヤが奪還されたという情報がドラジェに伝わらないようにしておかないと。
旅装への着替えが終わったところでピコはルーに姿を変える。
「トラントンに行ってくる。イーリン、地下のあの男の世話はお願いできるかな。一日一回、食事を与えるだけでいい。ただし、不用意に近寄らないこと。あいつの力は侮れないからね」
「はい」
「しばらく戻れないかもしれないけど、連絡鳥は送るから。それと、オードにこれを渡しておいてくれ。ピコからだと言えば通してもらえるから、本人に手渡すように」
机の引き出しから封蝋のされた封筒を出して渡す。
「承りました。お気をつけて」
イーリンに見送られてルーの姿のピコは部屋を出て行った。




