44.音のない日
※20151206 改行位置修正
中途半端な時間に目が覚めてしまった。時計を見るとまだ日の出には時間がある。
こんな時間に目が覚めるなんて、やっぱり昼寝が悪いのかしら。
消灯されてるから、窓から入る街灯の光しかない病室の天井は暗い。
こんな時間に起きちゃったら、またリュウが慌ててるんじゃないかしら。普段ならまだ向こうにいるはずだもの。
そこまで考えて――首を傾げる。
――リュウって、誰? 向こうって……どこ?
ああ。
あたしまだ、夢見てるんだ。
ここのところ続けて見てる夢にそういう名前のキャラがいたっけ。きっとそれのことだ。
そう思うと納得できた。
寝よう。
起床まであと二時間以上ある。
ぼーっと起きてたらまた昼間に眠くなっちゃう。布団を引っ張りあげて、目を閉じた。
体がだるい。
熱は相変わらず高いみたい。インフルエンザみたいな感じかなぁ。体の節々も痛いし、寒気もする。
寝てる間に上にかかってる毛布の量が倍になってた。たぶん、リュウが掛けてくれたんだろうなぁ。重たいけどあったかくてほっとする。
声は相変わらず出ない。一時的なものだろうと思ってたのに、ひと寝入りした程度じゃ治らないのかな。それとも、丸一日経たないと効果が切れないとかって呪いのようなものなのかしら。
昼間だからリュウはいないはず。森の番人をしてた時は日が昇ったら仕事に行ってた。こっちでも多分そうなんだろうな。
何とか起き上がってみたけど、やっぱりリュウはいない。隣の寝台にも寝た形跡がない。仕事に行っちゃったのかな。
困った。のどが渇いてるんだけど、水差しは窓際にあって、そこまで自力で行かなきゃならない。病院のベッドみたいに便利にできてないのだ、普通の宿屋だもんね。
ベルみたいなものがあれば呼べるんだけど、そういうのもない。
仕方がないからふらつく足でベッドを降りた。――途端に膝が砕けて前のめりに転ぶ。手で何とかカバーしようと思ったけど、手も力が入んない。
ぺち、と床に倒れ伏す。
あーもう。現実の彩子と一緒じゃない、これじゃ。
それとも、彩子があの調子だからあたしも引きずられてるのかな。
しばらく床に寝そべってたら、いきなり腕を掴まれた。びっくりして顔をあげたら、リュウが覗きこんでた。泣きそうな顔。
――大丈夫、転けただけだから。
安心させようと微笑むと、リュウは両脇に腕を差し込んで起き上がらせてくれた。ベッドにふにゃりと座り込む。昼なのに、なんでリュウがいるの?
ごめんね、と声は出ないけど口を動かすと、リュウも何かを口にして抱きついてきた。
え――?
耳元にかかる吐息は感じる。でも、何を言ってるのか、全然聞き取れない。
そういえば、リュウが上がってくる時の足音も聞こえなかった。
無音の世界。
声の次に、あたしは音を失った――。
今回の異変にリュウはすぐに気がついたみたい。
そりゃそうよね。何を聞いても反応がない上、いきなりぼろぼろ泣き出したんだもの。
ベッドに戻され、やっぱり起き上がろうとすると押し戻される。
――だから、喉が乾いてるんだってば!
って、声も出ない状態でどう伝えよう。紙とペンがあれば、筆談できるのに。トリムーンでの生活も長いし、こっちの文字の読み書きも問題ないし。
手のひらにペンで文字を書くジェスチャーをすると、リュウはすぐ下に降りてメモとペンを持ってきてくれた。
起き上がってリュウに支えてもらいながら文字を書く。
昨日も思ったけど、この部屋、クッションないんだよね。体を起こした時に背もたれになるものがないから、結局リュウに体を預けるしかない。倒れたりしないよう、しっかり支えてくれてる。
『お水飲みたい』
すぐ水差しとコップを持ってきてくれた。枕元にテーブルがあればなぁ。
あたしが水を飲んでる間に、今度はリュウがペンを走らせてる。
『何か食べれそうか?』
あたしはうなずいた。イエスかノーで返事ができることだと意思表示が楽でいい。
リュウはあたしを横にさせると部屋を出て行った。リュウがいないと体を起こしてられないのもなんとかしたいなぁ。はやく元気にならなくちゃ。
そういえば、今のあたしって救出された時の格好のままなんだよね。
肩口の傷部分と周辺の血のあとの残ったシャツはそろそろ着替えたい。というか買ってきてもらわなきゃ。あたしのカバンの中身、ほとんど捨てられちゃってたんだもの。洗い替え用の着替え一式もなくなってた。
それに体も拭きたい。ラトリーと旅してた時は川や泉で清めてたんだけど、このあたりは砂漠地帯だから水は貴重品だ。オアシスでもない限りお風呂なんかありえない。
あたしはメモに『着替え買ってきてもらえる? それと体拭きたいんだけど』と書いておいた。
リュウの持ってきてくれた食事は、いい匂いのするスープと昨日のジュース、それから焼き菓子だった。スープはコンソメベースですんなり飲めた。野菜と塩漬け肉のみじん切りが浮いてて、それは匙で少しずつ食べさせてくれる。起き上がった状態でゆっくり飲めたのは嬉しいかな。昨日みたいに少しずつ飲ませてもらうのもなんだか嬉しいんだけど、リュウに負担かけちゃうもの。
焼き菓子は甘くて柔らかくて、口の中でほろほろと溶ける。
全部食べ終わるとリュウはホッとしたように笑ってくれる。何かリュウのいろいろな表情が見られて、こういうのも悪くないな、とか思っちゃう。ああ、ほんとにもうバカなあたし。
食事が終わったあと、リュウがメモに気がついて――真っ赤になって凍りついた。なんか慌てふためいて何かを口走ってたようだけど……メモをつかんだまま料理の盆も忘れて部屋から走り去ってしまった。
そんなにうろたえなくても宿の女給さんあたりに頼めば万事うまくやってくれると思うんだけど……誤解してるよなぁ、多分。
うーん……どうしよ。それに、メモ持って行かれちゃった。いろいろ聞きたかったからあとで書いとこうと思ってたのに。
仕方ないので大人しく布団に潜り込む。
ちなみにリュウが戻ってきたのは一刻後であった……。




