43.声のない日
※20151206 改行位置修正
水をもらって解熱薬を飲むと、リュウに強制的に『絶対安静』宣言をされてしまった。
ベッドから起き上がれないのは結構辛い。その上、声が出ないから沈黙も辛い。
声が出ないことをアピールしたかったのだけど、上半身を起こそうとするとすぐ押し戻されてしまう。
「熱が下がるまではとにかく休め、サーヤ」
いやいやをするように首を左右に振る。
「わがままを言わないでくれ。――頼むから」
優しく髪の毛を手で梳いて、額にキスを落としてくれた。そのままベッドから離れそうになったリュウの手を引き寄せる。
「何……?」
あたしは仕方なく普通にしゃべってみせた。リュウには口をパクパクさせているだけにしか見えなかったみたいだけど、だんだん表情が曇ってきた。
「サーヤ、声が……出てない?」
ようやくあたしは口を閉じて小さくうなずいた。
「まさか、でも、さっきまで普通に喋ってただろう? 喉乾いたのか、水飲むか? でも、薬飲む時に水飲んでたよな? なんで……」
うろたえるリュウに、あたしは握ったままの手にもう片方の手を添える。
「サーヤ、待っていてくれ。医者を連れてくる!」
と言うなりリュウは部屋を飛び出して行ってしまった。
結局、リュウは宿屋の主人に聞いて、真夜中なのに医者を叩き起こして連れてきた。
「ううむ、熱はあるが喉も赤く腫れておらんし、風邪ではありませんな。気分が悪かったり吐き気がしたりは――ないですか。では、あとは精神的な問題かもしれませんなあ」
さすがは定番の藪医者。……って言ったら怒られるわね。トラントンではこれが精一杯なのだから。
「解熱剤はもう服用済みですか。では、このまま様子を見るしかありませんなぁ。一日寝て体を休めれば、明日ひょっこり声が戻るかもしれません」
安くもない往診代を支払ってくれて、リュウはあたしの枕元に椅子を引き寄せて座った。
こんな時、声が出ないのが本当に辛い。一文無しだから往診代も薬代も払えない。ごめんなさい、いつか必ず返すから、と口に出すだけで伝わるのに、今のあたしにそれを伝える方法が思いつかない。
運命の相手だとわかったのに、今すぐ好きだと伝えたいのに――。
いっぱい色々話をしたかったのに、そのチャンスを奪われてしまった。――それもまた、力の副作用なのだとしたら、あまりにひどい副作用だ。涙が出そう。
「森の家なら自分で薬を作ってやれたんだが……すまん」
リュウが頭を下げてる。あたしはぶんぶんと首を横に振った。ちがうよ、リュウのせいじゃない。
「なに、大丈夫だよ。明日になれば声は戻ってるさ」
柔らかく微笑んで、心配しなくてもいいよ、とリュウはしきりにあたしの頭をなでてくれる。そんなに今のあたしは情けなさそうな顔をしているのだろうか。
「とにかく何も考えなくていい。寝てろ」
ふたたび首をぶんぶんと横に振る。起きたばかりなのに、眠くなんかならないよ。
「そういえばお腹は空いてないか? 食べられるなら作ってもらうけど?」
あたしはうなずいた。最後に食事したのっていつだっけ。水と干し肉でちょこっと食べただけだ。その前は……薬を飲まされてて、お腹が空いた感じがしなかった。何日食べてなかったんだろ。
リュウが下に降りていってる間に起き上がろうとしたけど、熱のせいなのかまっすぐ体を起こせない。自分の体なのに、なんでこんなに自分の思うように動かないんだろう。
結局、戻ってきたリュウに怒られて、ベッドに押し戻されてしまった。
「そのままでいいから、口開けて」
匙でコップから何かの液体を流しこんでくれる。甘い。……りんごジュースみたい。ゆっくり飲み込んで微笑む。
「おいしいか。よかった」
コップが空になるまでリュウは辛抱強くつきあってくれた。スープも勧められたけど、ちょっとだけ舐めて首を振った。これ以上飲むと逆流してしまいそう。
リュウはあたしの頬に手を当てて、辛そうな顔をした。
「サーヤ……ずっとここにいるから、安心して」
あたしはリュウの手に手を重ね、唇に移動させた。目を伏せて、繰り返し唇を寄せる。
薬が効いてきたのか、急激な眠気に襲われて、そのままあたしは意識を手放した。




