42.試練
※時系列がおかしくなっていたので、「42.試練」で一瞬目を覚ましたのは朝6時から夜中に変更しました。
申し訳ありません。
※20151206 改行位置修正
「うそっ!」
自分の声で目が覚めた。
白い部屋。白いカーテン。
ああ、まだ病院かぁ。
でも、すっごいいい夢だった。なのに、一番いいところで目が覚めるなんて、何で運が悪いのかしら。
時計を見るとまだ夜中。
もう一度寝たら続きが見られるかな……。
あたしは布団を引っ張りあげ、目を閉じた。
ふわっと意識が戻ってくる。
――なんでここ? 真っ暗な部屋の中の……扉の前。
夢の国からトリムーンへと旅立つ時、いつもくぐる扉。しばらく通ってなかったと思ったけど、まさか現実のあたしが入院してたとはね。
しかも昏睡状態だったなんて。道理で寝て覚めても向こうの記憶が無いわけだわ。
まあ、こっちのあたしも似たような状態だったわけなんだけど。
「……どういうこと? ラトリー」
扉の上にちょこんとつかまってる白いふくろうを睨みつける。
「ひさしぶりでございますな、サーヤ」
「……なんか日本語が変よ」
「まあ、この姿になるのも久しぶりですからな」
「そういえば、なんで最近姿を表さないの? 森ではぐれて以来じゃない。まさかあのままあたしを見失ってたわけじゃないでしょ?」
お陰でいろいろ苦労したじゃないの。
「ええ。どこにいるかは存じておりましたぞ。しかし……近くに魔法使いがおる状態ではさすがに姿を見せるわけにいかないもので」
ピコのことね。
そういえば森の家であの本を読むまで、あたしも魔法については知識がなかったものね。教会で怪我の治療をしてもらうのはいわゆる奇跡、祈りの力だと思ってたし。
「それと、森の番人は我々とは相性が悪いのです」
「我々?」
白ふくろうは羽を広げてみせた。
「ええ、普通のふくろうは喋りませんからね。動物とは判断されず、異物、魔物と認識されてしまう」
異物、ね。
「じゃあ、これからも出てはこれないの?」
「それは、サーヤが今後どこに行き誰といるかによりますな。……見つけたのでしょう?」
あたしははっと息を飲んだ。唇に蘇った感触に、思わず右手で唇を隠す。
顔に血が上る。
「……うん」
運命の相手を見つけた――。
こんなに嬉しいだなんて、こんなに幸せな気分になれるなんて、思ってなかった。
一体何の呪いなのよ、とずっと思い続けてたのに――。
心の底から嬉しい。嬉しくてたまらない。
「では、試練を受けますかな?」
「……え?」
浮ついてたあたしは、不意に現実に引き戻された。……試練?
「何のこと……?」
「最初に扉をくぐる前に説明しただけだから、覚えてないのも仕方がありませんね。――向こうの世界の住人になりたいですか?」
最初に扉をくぐったって、もう十五年以上前のことじゃない。まだあたしは小学生だったし、全然覚えてないわよ。
「現実の木村彩子と切り離されたサーヤとして、向こうの世界に移住することができる。そのための試練です。人一人創りだすのに膨大なエネルギーが必要ですから、試練は過酷ですけどね」
え? それはつまり……向こうにあたしが家庭を持ちたくなった場合や二十四時間トリムーンにいたいと思うようになった時に、ということなの……?
「で、でも相手の気持ちも全然聞いてないし、現実のあたしだって……」
現実のあたしに、こちらから何も伝えられない。伝わらない。でも、あれも――病院に入院してるあたしも、あたしなんだ。それを切り捨てるなんて……。
そんなに簡単に決められるはず、ないじゃない……。
「じゃあ、今回はやめておきましょうか。その気になったら呼んでください」
ラトリーは羽を閉じる。
「ただ、少しだけ力の反動で体に異常が出るかもしれません。一週間ぐらいは大人しくしておいたほうがよいでしょうね」
「そう……一週間ね」
運命の相手が見つかった時に何が起こるのかは知らない。
でも、運命の相手に出会えた、と思った瞬間に現実に引き戻されるって、ひどくない?
リュウはいきなりあたしが消えて戸惑ってるはずだし、あたしだってはやくリュウのところに戻りたいのに。
「もういいから通してよ。早く戻りたいんだからっ」
「はい、どうぞ。……くれぐれも気をつけて」
扉が開く。あたしは返事もそこそこに扉に飛び込んだ。
「……ヤ、サーヤ?」
ふぅっと意識が浮いてくる。誰かが呼んでる。リュウよね?
体を揺すぶられてる。
「リュウ……?」
目を開けるとリュウの泣きそうな顔が見えた。
「よかった……キスした途端にいきなり消えたからびっくりして……」
起き上がるとリュウは体を抱きとめてくれた。
あったかくて力強い腕の中。心臓がどきどきしてる。
顔を上げてもう一度リュウを見上げると、あたしからそっとキスをした。……確認、したかった。
触れるだけの、啄むようなキス。
唇が離れると、リュウは顔を真赤にしてあたしを見下ろしてる。きっとあたしも耳まで真っ赤だろう。
「サ、サーヤ?」
――よかった、リュウが運命の人で。ううん、運命の人でなかったとしても、あたしは諦めてない。ピコの言ったとおりだ。でも――卑怯でもいい。あたしはリュウが欲しい。
リュウの背に腕を回してぎゅっと抱きつく。顔を胸に埋めて、見えないようにして。
リュウがあたしと同じ思いであってほしい。あたしの勝手な思いなのはわかってる。でも――。
「サーヤ、どうした?」
髪を撫でる手が額に降りてくる。
「熱がある。薬をもらってこよう」
寝台に横にされる。ぬくもりが離れて寒く感じる。伸ばした手も毛布に押し込められた。
「少しだけ待ってて」
「……っ」
待ってって言いたかったのに。薬なんかいらないからそばにいてほしかったのに。
声が出なかった。のどが渇いてるわけでもない。
もしかして、これが『異常』なのかしら……。
階段を上がってくる音を聞きながら、あたしはそっと目を閉じた。