41.森の番人リュウ
※20151206 改行位置修正
ピコが行ってしまうと、リュウはため息をついた。
「サーヤ……ごめん」
首を振ってこてん、とリュウの肩に頭を載せる。やさしい手が髪の毛を梳いてくれる。
シャツを握りしめてた手はいつの間にかリュウに握りこまれてた。
緊張してたあたしの心にゆるゆる降りてくる。
「いろいろあって疲れたろ。寝ていいぞ」
「ん……」
でも、いろいろ聞きたい。リュウの今の姿のこと。森の番人は森を出られないんじゃなかったの?
「……っ?」
「何? サーヤ」
声が出ない。
あわててあたしは喉に手をやる。咳をしてみたりしたけど、喉の奥に何かが詰まったみたいに音にならない。
「水をもらってくる」
あたしを寝台に寝かせてからリュウは階下に降りていった。足音が遠ざかる。
喉もからからに乾いてるし、きっと泣きすぎたんだ。さっきまで喋れてたんだもの。
足音が戻ってきた。それだけで部屋の気温が少し上がった気がする。
「ほら、水」
起き上がってコップ一杯分の水を飲み干す。ひっついたようになってた喉を冷たい水が降りていく。
二杯目のおかわりも飲み干して、ようやく喉の乾きが消える。
「どう? 声、出る?」
「ん……あーあー。よかった、出る。ありがと。声でないなんて、びっくりしちゃった」
リュウはあたしの手からコップを取り上げ、水差しと一緒に窓のそばに置くと、起き上がったあたしの横に座った。あたしがまだふらふらしてるから、心配してくれてるのね。
実際、まだ手足の力は戻らないし、頭も少し重い。
「今何時ぐらい?」
「もう夜だ。君がさっき起きたのが日没の少し後ぐらい。――昼間行動するのは辛いね」
苦笑を浮かべるリュウ。
そういえばリュウも夜型の生活してたんだ。なのに昼間に助けに来てくれた。
本当なら絶対間に合ってない。今ごろあたしは死んでたはず。
「ありがと、リュウ。ほんとに……助けてくれてありがとう」
リュウは首を振る。
「それに森から出て、よかったの?」
前に森の縁まで送ってもらった時、森の番人は森から出られないって言ってた。森の番人が森から出たら、その森は死ぬとか魔物が出るとか。
なのに――。
「ああ……あれは迷信だから。でなかったらここにいない」
「本当に? 前に掟だって言ってたじゃない。俺は森から出られないって」
じっと目を見て言うと、不意にリュウは目を伏せ、額に手をやった。
「かなわないな……ピコの言うとおりだ」
「え?」
どういうこと? ピコの言うとおりって……?
「この姿は――いや、サーヤ」
顔を上げ、リュウはあたしに向き直る。
「森の番人の姿のほうがよかった?」
え? え? どういうこと? 意味がわかんないわよ。それと森の掟と何か関係があるわけ?
「どちらも好きだけど……」
そう答えるとリュウは少し嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。……ピコが言ってたの覚えてる? あの薬の分析を依頼されてる。でも、あの姿じゃできないからね。しばらくトリエンテの教会に部屋を借りてそこでやることになったんだ」
「そうなの。じゃあ、当分森の番人はお休みなのね?」
「ああ。当分ね」
視線を膝に落としてリュウは答える。
なんだろう、少し引っかかる。
もしかして……あたしを助けるために掟破って、そのペナルティかなにかを受けてるの?
もちろんあたしの思い違いや自惚れかもしれない。でも、なんて辛そうな表情してるんだろう。
「もしかして……あたしのせい?」
「え?」
「――この姿になったのは、掟を破ったせいなの?」
「君のせいじゃない」
リュウは顔を上げ、きっぱりと言い切る。
「必要だったから、森を出てきた。ただそれだけだ。それに、森の番人の姿じゃあ町に入れない。森の番人が街をうろついてるなんて噂になったら、それこそ森が枯れるってパニックになるからね」
それほどに森の番人の掟は町の人に知られているんだってことね。
「だから、その話はここだけで終わり。他所では口にしないでくれ」
「うん、わかった」
それからゆっくりリュウを眺める。森の番人のイメージと違って筋肉隆々という感じじゃないのよね。引き締まって無駄な肉がない。シャツとズボンは多分借り物ね。少し大きくてぶかぶかしてる。髪の毛は森の番人の時の毛の色と一緒なんだ。少し青光りのするグレー。シルバーって言ってもいいのかも。部屋の灯りが暗いから眼の色ははっきりわからないけど、黒。森の番人の黒い瞳と同じなんだ。
「えっと、サーヤ」
「え?」
「そんなにじっと見られると――」
少し恥ずかしい、と小さな声で言ったのが聞こえて、あたしはあわてて顔を背けた。
「ご、ごめん」
「いや――いい」
きっと耳まで赤くなってる。顔が熱い。
なんて初心な反応してるのよ、あたしったら。いい年してんのに。
「ところで、サーヤ。あの男に何かされなかったか?」
心臓に杭が打たれたかと思うほど痛かった。息が止まる。
「あの男って……?」
声がかすれる。やだ、平静を保とうとしてるのに。
「サーヤに怪我をさせた黒角族の男だ。あいつは殺しても殺し足りないが……サーヤ?」
やだ。あれはなんでもないの。いつもと同じ、単なるキスよ。運命の相手かどうか判定するための。
そう自分に言い聞かせる。
何でもなかった。なんでもないの。あれくらい……。
「サーヤ!」
いきなり腕を引っ張られて強く抱きしめられた。
「ごめん」
耳のすぐそばでリュウがささやいてる。
「ごめん……無神経なこと聞いた。ごめん。ほんとごめん。これじゃピコを怒れないな……」
指で目尻を拭われてはじめて、あたしは自分が泣いてることに気がついた。
「だ、いじょうぶよ。キスぐらい……なんでも……ないから」
そうよ、笑って、自分。
リュウは悪くない。悪くないの。あたしは大丈夫。大丈夫だから。だからそんな顔しないで――。
そっとリュウの頬に唇を寄せる。
「サーヤ」
彼の手が優しく髪の毛を撫でてくれる。見上げれば彼の黒い瞳がすぐそこにあった。切なげに揺れる彼の瞳。
あたしはそっと目を閉じ、彼の唇を受け入れた。
さあ、リュウは運命の王子様なのか?
次回乞うご期待!




