40.宿屋
※20151206 改行位置修正
「この薬……どういう効果があったの?」
「ピコっ! 今はやめろ」
リュウの声が飛ぶ。怒りを含んだ声音。
あたしは首を振り、笑おうとして……失敗した。
「――サーヤ、顔が真っ青だ。もういい。思い出さなくていい」
あの感覚が戻ってきそうになる。とりとめなく脈絡もないシーンを切り貼りしたような――夢。心が千切れそうになる。
奈落の底に落ちていく感覚。どんどん手足の力が抜けていく。もうあの薬はとっくに切れてるはずなのに。
「……っ」
引きつったように喉が鳴った。
頭を抱えて、ぎゅっと目を閉じる。だめ、引きずられる――。
体から力が抜けて座っていられなくなる。
「サーヤ!」
倒れそうになるあたしの体を抱きとめてくれた。力強くて、あたたかくて、草の匂いがする。
びくっとして目を開けると、至近距離に青いシャツと灰色の髪の毛が見えた。震える手でシャツをつかむ。
「もういい」
「リュウ……これ、現実だよね……? 夢じゃないよね?」
「ああ」
「ごめんね、サーヤ。つらい思いをさせてごめん」
リュウの向こうからピコの声が聞こえてくる。
「ただ、この薬を使った被害がトリエンテ周辺で出てる。分析はリュウにお願いしたところだけど、ボクとしてもなるべく早く手を打ちたい。もしかしたらトリエンテ周辺だけの問題じゃないのかもしれない。だから……話せるようになったら教えて欲しい」
「ピコ! もうやめろ!」
「でかい声出すなよ、サーヤが驚くだろ?」
びくっとリュウが身動ぎしたのが分かる。
「あーもう、おまえはサーヤのことになったら見境なしなんだから。はいはい、おじゃま虫は消えますよっと」
声をかけようとしたけど、喉から声がでない。
「それから、ボク、これからあいつをトリエンテまで運ぶから、後のこと、任せるよ」
「え?」
「サーヤにおいたした奴のお仕置きがまだなんだ。ああ、あいつでこの薬の実験するのも悪くないな」
「……おまえ、笑顔が黒いぞ」
「え? そーお? ボクもリュウほどじゃないけど頭にきてるからねえ。ホントなら殺しても足りないくらいだからこれぐらいカワイイもんだと思うけど? じゃ、ごゆっくり。――あ、そうそう」
部屋を出て行く足音がふと止まる。
「この部屋の壁、薄いから」
足音が遠ざかる。
リュウの腕に力が入ったのが分かる。あたしは顔を上げた。
「なに?」
見上げたリュウの顔は耳まで真っ赤だった。
今日はちょっと短めです。