39.救出
※20151206 改行位置修正
目を開ける。見覚えのない木造の天井。……どこ? ここ。
なんであたし、寝てるのだろう。しかも、なんだか体が重い。
「あ、起きた? サーヤ」
視界いっぱいに見覚えのない金髪の女の子の顔。……誰だっけ。
「えっと……どちらさま?」
「やだなぁ。ピコだよ。ほら声で分かるでしょ?」
ピコ? いや、ピコは男の子だから。確かに声は似てる気がするけど……髪の毛の色も似てるけど。
「潜入捜査するのに便利屋に化けてみたんだよ。ねえ、似合ってる?」
いやまあ、可愛いと思いますよ? 金髪もそのでかい乳も。そのまま便利屋やったら結構人気取れそうなきがするなあ。こういうのが好きな依頼人もいるし。
でも何で女の子?
「うん……かわいい」
「やたっ。サーヤのお墨付きもらえたー」
うん、確かに中身はピコみたい。
「馬鹿言ってる場合か」
窘めるような男の声。あれ……この声、リュウに似てる? でもここ、森の家じゃないよね……? リュウは森から離れられないんだから。
起き上がろうと体をねじったら、強い力で押し戻された。ぼさぼさな灰色の髪、黒い瞳。知らない顔。……でも。
「まだ寝てろ」
ぶっきらぼうな言い方。ぷい、と顔を背けて。でもあたしの見える範囲にいてくれる。
この目をあたしは知ってる……。
「……リュウ?」
驚いたように振り返った彼の目を、あたしはじっと見つめた。
「リュウ、だよね……?」
薄い青のシャツに黒いズボン。普通の人間の姿になったリュウの黒い瞳がまんまるになってる。
「……おっどろいたなぁ。この姿でリュウだってわかった人、初めてだよ」
ピコの声。後ろから覗き込んでるのが見える。
リュウ、来てくれたんだ……。
目の前の像がにじむ。あわてて目を閉じて右手で目を隠した。
思い出しちゃった……リュウを呼んだ理由。そして――恐怖を。
体が震えてくるのが分かる。
「サーヤ?!」
カタカタ鳴りかける歯を噛み締める。
泣いてちゃだめ、震えちゃだめ。こんなことぐらいで。あたしは一人でも大丈夫なんだから。
左手を誰かが握ってる。手のひらに柔らかな感触。あたしは目を開けた。
リュウがベッドのすぐそばに膝をついて、両手であたしの手を握ってた。彼の額に当てられた手から体温を感じる。
「リュウ……?」
「間に合ってよかった……」
ため息とともに吐き出された言葉が心に染みこんでくる。
鼻の奥がツーンと痛くなる。
だめ、もう堪えきれない。
肩が震える。こみ上げてくる涙に、喉の奥が鳴る。
体をリュウの方に向けて彼の手を抱え込み、枕に顔をうずめてあたしは泣き続けた。
リュウの手を離したのはだいぶ経ってからだった。
「……落ち着いた?」
髪の毛を梳いてくれてる。優しい手のひら。
ちいさくうなずいて、あたしは上体を起こした。
「寝てろって」
抑えこむリュウの手を押しとどめ、首を振る。
「大丈夫」
ほんとはまだ頭がふらふらする。手足も力が戻ってない。でも心配、掛けたくない。
「ダメだって。……怪我してひどい出血だったんだ。しばらくは安静だ」
「怪我……」
焼けつくような痛みを思い出して顔をしかめる。左の肩に手をやると、服は破れているが傷はない。
「ピコが治してくれた」
ピコは、と首をめぐらしたが、部屋にはいなかった。あとでお礼言っとかなきゃ。
「そういえば……ここ、どこ?」
「ここはトラントンの宿屋だ。トリエンテまで戻りたかったけど、時間が掛かり過ぎるから」
「そう」
「あ、起きた?」
ピコが顔を出した。まだ女の子の姿のままだ。
「ピコ、ありがと。傷、治してくれたんだって?」
「うん、間に合ってほんとによかったよ。あの鈴が聞こえなかったら見つけられなかった」
そうだ。あの鈴……キーファに壊されてしまった。
「あの……リュウ、ごめんなさい。鈴、壊されちゃった」
「いいよ。また作る」
優しくリュウが微笑んでくれる。こんな顔、するんだ。心臓が飛び出すかと思うほどドキドキする。
それからピコとリュウであたしの救出劇について説明してくれた。
ピコが女の子姿であちこち潜り込んで情報を得て、あたしがどこに運ばれたのかを突き止めたこと。リュウの協力で森の近辺をくまなく探したこと。
鈴の音が聞こえて、二人があたしを探してたこと。
あの白い羽と黒い角を持った男と戦って、捕縛したこと。
彼は、薬で眠らせて縛って隣の部屋に転がしてあるらしい。
「でね、サーヤ。……話を聞きたいんだ」
ピコは向かいのベッドに腰掛けて言いにくそうに口を開いた。
「話?」
「うん。君の覚えてることすべて。……辛いかもしれないけど」
あたしは視線をさまよわせて口を閉じた。
あたしが覚えてるのは……目を覚ました馬車の中で薬を飲まされたこと。それから、キーファとのやりとり。でも……半分ぐらいはもう本当にあったことなのかすら曖昧になってきてる。
「サーヤ、ボクとトリエンテに行った日のことは覚えてる?」
「トラントンから馬車借りて、トリエンテに向かったのは覚えてる。……でも、トリエンテに着いたかどうかは覚えてないの」
「えっ。じゃあ、トリエンテの教会でのやりとりも覚えてないの?」
心底驚いたようで、ピコは珍しく声を上げた。
「うん。……行く途中の会話は覚えてるんだけど」
ピコに召喚者だと見破られたことと、影が薄いって話はちゃんと覚えてる。
「そっか……じゃあ、サーヤが預かってた荷物のことも忘れてるね?」
「二通あったわよね。……あたしの鞄は?」
「これのことか」
リュウが鞄置き場から取ってきてくれる。中を確認したけど、大したものは入ってない。
「ないわね。じゃあ、配達終わったのかしら」
「うん、終わったはずだね」
ピコは含むような物言いをする。ああ、そっか……ピコは知ってるんだ、私が忘れたことを。
「あとは……覚えてるのは薬を飲まされ続けてたことくらい」
ピコとリュウが顔を見あわせてうなずいてる。……何か問題があるのね。
「どんな薬だったか教えてくれる?」
「……なんだか青い瓶の液体」
「それって、これ?」
不意にピコが目の前に手を出してきた。その手にあるのは……あの瓶。
びくっと体が縮こまる。両手で体を掻き抱く。
あわててピコは瓶を目の前から消した。
「ご、ごめん」
言葉が出ない。首を横に振る。
あたし……そんなに精神的ダメージ食らってたんだ……。あの薬。記憶がぐちゃぐちゃになって体が動かなくなる、あの薬。
「やっぱり、飲まされてたんだね。……サーヤ。言いたくないと思うけど、教えて欲しい」
不意にピコの声音が変わった。低くて真剣な声。
「この薬……どういう効果があったの?」