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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月4日(火)

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38.激突

※20151206 改行位置修正

 鈴の音は確かに聞こえた。そして途中で不意に音色が砕かれる。


「リュウ!」

「わかってる!」


 馬を駆るピコ――女便利屋ルーに扮する――の言葉に、リュウはひときわ強く地面を蹴った。

 音の出処は目の前の……荷馬車だ。

 敵に気取られぬよう、馬を驚かさないよう、咆哮は上げていない。空高く飛び上がり、落下しながら、リュウはすべての爪を幌に向けた。





 重量物落下の衝撃で馬車は半壊した。幌を切り裂き降り立ったものの、荷馬車の薄っぺらい板床とひよわな車軸は落ちてきたリュウの質量には耐えられなかった。

 周囲の砂を巻き上げ、周りが見えなくなる。

 その中から鋭い殺気を感じ、リュウは飛び退る。


「なるほど、こいつか……おまえが呼んだのは」


 そう語る砂煙の中の敵は黒い塊に見えた――いや、感じた。負の感情をかき集めた固まり。

 喉から威嚇の唸りがあがる。

 だが敵は動かない。砂煙が落ち着いて様子が見えてくると、馬車だったものはすでにバラバラに崩れ、荷物の木箱がいくつも散乱している。馬は驚いて逃げたようで、姿形もない。

 その中からリュウは嫌な匂いに気がついた。……サーヤの匂いと、血の匂い。


「貴様……!」


 視界が真っ赤に染まった。


「リュウ! 気をつけてっ! そいつは魔法使いだっ」


 ピコの声が耳に届く前にリュウは黒い気配に全力で突っ込んでいた。





 巨大な体からは思えないほどの俊敏性を見せるリュウに、黒い気配はぎりぎりよけつつ後ろに飛び退る。


「ははっ、おもしれえ」


 ばさっと広げた白い羽で空中にとどまったまま、黒い気配は降りてこない。この高さまでは届かないと思っているのだろう。

 一瞬、視線を余所に向けた隙をリュウは見逃さなかった。地面を蹴り、スピードを上げて羽の男に蹴りを食らわせる。


「なっ――」


 ふっとばされた男がどこに着地するのか見もせず、リュウは地面に降り、走りだす。――血の匂いのする方向へ。


「ピコ!」

「大丈夫、見つけた! サーヤは大丈夫だからあいつを追って!」


 木箱の残骸の向こう側からピコの声がする。


 ――ピコ、頼む!


 リュウは咆哮を上げると起き上がった黒い気配に再び跳躍した。





 すんでのところを避けられて、リュウは爪を地面に立てて制動をかける。

 砂煙が激しく上がるが、黒い気配はかき消せない。おそらくさっきの一撃で羽を傷めたのだろう。上へ逃げる様子はない。

 向こうから攻撃してくる気配もない。ただ、こちらに向かう殺気がより強くなっている。

 煙に紛れて敵に近づくと、不意に右の前足が動かなくなった。スピードが付いたまま前のめりに転んだリュウはそのまま真っすぐ転がっていく。


「くっ……!」

「あんたがリュウってやつか」


 ようやく止まったリュウは体を起こし、宙に浮かぶ男を見上げ、唸る。この短い間に羽のダメージを修復したのか?


「さすがは森の番人だな。余程の加護がついてるってわけか。……道理で。あいつに効いた力が効かねえとは」

「貴様……」


 あとは言葉にならなかった。咆哮が口をついて出る。


 ――殺してやる。殺してやる。殺してやる。


「リュウ待って! 殺しちゃだめだ! そいつは――」


 ピコの声が聞こえる。がリュウは無視した。

 こいつは――だめだ。見逃せない。白い羽に黒い角。間違いない、暗殺集団と言われる黒角族ディードの一員。一度ターゲットと決めたら死ぬまで追いかける。

 サーヤがこいつのターゲットになっているのなら、排除しておかないと――。

 予備動作なく、リュウは地を蹴った。ディードの男はすいとリュウを避けると握ったナイフをリュウの背めがけて放る。

 その動きは視界に入ってはいたが、空中で避けるのは難しい。リュウは咆哮すると全身の毛に力を流し込む。もともと剛毛の猿猴の毛は鋼鉄のように硬く変質し、ナイフはあっけなく弾かれる。

 地上に降り立つと落ちてきたナイフを拾い、投げあげた。ディードの男がいる方向とはまるで違う方向へ。


「どこへ投げている」


 ふん、と鼻を鳴らした男は笑い――反応が一瞬遅れた。

 目の前に、金髪の女の顔があった。にっこりと晴れやかな笑顔。


「なっ」

「こんにちは、キーファ・ベルス。届け物があるんだ。ドラジェからの預かり物。受け取ってくれる?」

「なんだと……?」


 便利屋の姿のピコは笑顔のまま、手の中で転がしている水色のボールをキーファの開いた口に弾きこんだ。


「トラントンの倉庫で預かったんだよねー。ちゃんと渡せてよかったよ」


 そう言うピコの顔はにこやかな笑顔が刻まれたままだ。


「く……そがっ」


 キーファの顔はひどく歪んでいた。がそのまま目を閉じ、羽が消えた彼の体は地上に落ちていった。

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