36.三が日はどこいった?
※20151206 改行位置修正
あれ……あたしどうしたんだっけ。
目を開けると、見覚えのないのっぺりした白い天井が見える。学校みたいな蛍光灯。ここ、どこ?
起き上がろうとして、体がずっしり重たいのに気がつく。
目も回ってる。白いカーテンがぐるっとまわってみえて、ベッドに引き戻される。
これって……病院じゃないかい?
「あら、木村さん、気が付きましたかー?」
聞き覚えのない声。カーテン引き開けて顔を見せたのは看護婦さんだった。
「あの、一体、どういうことでしょうか……」
看護婦さんはてきぱきと体温と血圧を測っていく。
「救急車で運ばれてきたんですよ。ご友人の方が、連絡がつかないってご自宅に行ったところ、浴室で倒れてたそうです。詳しいことはご友人に聞いてみてくださいね。毎日来られてましたから、多分今日も来られると思いますよ?」
それだけ言って看護婦さんは行っちゃいました。
私が、ぶっ倒れてた?
何やらかしたんだろう。浴室は大掃除の時にピカピカにしたし、足でも滑らせたっけなぁ?
お酒飲み過ぎた記憶もないし、怪しげな薬とかはもちろんやらないし買わないし近寄らない。やっぱり頭打ったぐらいしか思い当たらない。
しばらくして別の看護婦さんが点滴替えていってくれた。当分は点滴続けるそうです。
枕元には時計もないし、テレビカードも入ってないからテレビも見られない。まあ、ぐるんぐるん目が回ってる状態でテレビもなにもないわよね。
横になってるうちに、あたしは眠り込んでしまっていた。
次に起きた時には、悪友の声が遠くから聞こえてた。
「ん……恵美?」
「彩子! 目が覚めたの!?」
うっすら開けた目の前に、悪友の恵美の顔が大写しになる。まだ寝ぼけてるみたい、あたし。
「うん、おはよう」
「おはよう、じゃないわよっ!」
いきなりベッドの上で羽交い締めにされる。んにゃ、抱きしめられてる、が正しいよね。
「あんた……死んじゃったと思って……たんだからっ!」
涙声。恵美が泣くなんて、思いもしなかった。思わずあたしまでもらい泣きする。
「ごめん……ほんとごめん……」
ひとしきり二人で泣いたあと、ようやく恵美はあたしを解放してくれた。
「それにしても……あんたなんでこんなことになったわけ?」
「え?」
「あたしが気がついたからよかったものの……」
えっと。何の話でしょう。とりあえず巻き戻しプリーズ。
「あの、あたし、なんで救急車で運ばれたの?」
「は? 覚えてないの?」
「うん。まったく一切。看護婦さんにさっきあんたが見つけてくれたって聞いたところ」
はぁー、と深くため息をついて、恵美はあたしの額をぺちっと叩いた。
「鍋の約束してたでしょ? だから年変わってから電話もメールしたんだけど、一切レス来なくて。まあ、もしかしてあんたのことだからどっかに遊びに行ったのかな、とか思ったんだけどさ。さすがに二日の夜になっても何の音沙汰もないと心配になるでしょ? で、あんたのうちに行ってみたのよ。電気消えてたらきっとあんたは家にいないだろうし、それだけ確認しようと思って。したら、電気ついてるし、玄関回ってベル鳴らしても反応ないし。だから、管理会社に連絡取って開けてもらったのよ」
うん、あたしの借りてる部屋は賃貸マンションだから、大家よりは管理会社が正解よね。
「したら、エアコン入ってなくて部屋の中は寒いし、電気はあちこちつきっぱなしだし、あんたはいないし。風呂覗いたら、冷えきった水の中にあんたが溺れかけてるし。管理会社の人が救急車呼んでくれて、ここに運んでもらったのよ」
「ごめん……」
「詳しくはお医者さんに聞くといいけど、肺炎おこしかけてたからしばらくは熱出るかもって。あんた、風呂に入った記憶はある?」
元旦はテレビが面白くなかったから映画をいくつも見てた。その途中で何回かおトイレに立ったのは覚えてるけど、お風呂は……どうだったかな。見終わってお風呂入ろうって準備したような記憶はある。
「なんとなくだけど……」
「風呂の中で寝た記憶は?」
あたしは首を振った。覚えてない。
「まあ、疲れてたんじゃない? 一週間ぐらいは経過観察で入院って言ってたから、ゆっくりしたらいいわよ」
ようやく恵美はいつもの笑顔を見せてくれた。
「ごめんね、ほんと、ありがとう。……って一週間っ!?」
声がひっくり返る。
「まあ、諦めなさい。高広さんには連絡してあるから。仕事の方は心配しなくていいって」
今月末納品の仕事なのに? うわぁー、すっごい迷惑かけちゃった。十日までに何とか組み上げて、他のモジュールとの結合テストして、十五日からは本番テストと修正に入る予定だったのに。他のメンバーに割り振るか、他のプロジェクトから人頼んだんだろう。
ごめんなさい、プロジェクトリーダー。ごめんね、ヘルプの人。
「それから、入院の同意書はこんな時だからあたしがサインしたけど、ご家族には連絡しといたわよ」
「えっ、何で」
「……何で、じゃないわよ。入院してるのに黙ってるわけにいかないじゃないの。まあ、でもさすがに忙しいらしくて、すぐには来られないとは言ってたけど」
「そう」
ホッとする反面、ちょっとだけがっかりしてる自分がいる。なんて自分勝手。
「着替えとか保険証とか、悪いけど探させてもらったわよ。救急車に乗る時にマンションの鍵、借りたから」
「ごめん、ありがと」
「あと持ってきてもらいたいもの、ある?」
「えっと……そうだ、あたしのスマートフォンと充電ケーブル、持ってきてもらえる?」
「あー。……そうだ、思い出した。スマートフォン、風呂で水没ってたよ」
「ええっ!」
あたし、スマートフォンは風呂に持ち込まない主義なのに、なんで風呂に持ち込んでしかも水没してるわけ?
「だから退院するまで諦めて。時間が知りたいなら時計、持ってくるけど」
「じゃあ、お願い。……ところで、今日って何日?」
「一月四日」
げえっ、もうお休みほとんど終わりじゃないのっ!
ということは、元旦の夜に風呂入って、そのまま翌日まで風呂で失神して、今日まで二日間、昏睡状態だったってこと?
何なの? 一体。
それに……手足が動かしづらい。なんか痺れてるというか、力が入らない。これも肺炎の症状?
「まあ、ゆっくり休みなさい。とにかく元気になるのがあんたのお仕事よ」
「ん……わかった」
あたしはうなずいた。




