29.ドラジェの倉庫
※20151206 改行位置修正
トラントンに着いたのは早朝だった。
トリエンテからの尾行は途中で消えたがトラントンに近づくと再び監視がついたのが分かる。
ドラジェは一体どこまで警戒してるのだろう。今回の直轄地の件は突然降って湧いた話だが、もっと前から動いていた可能性がある。
トリエンテの周辺には四つの村がある。そのどれもに警戒網を敷いているのだろうか。ドラジェの倉庫は商売の都合もあって、どの村にも設置されている。
馬を村の入り口につなぐと、ルーは指定された場所へ向かった。
村の中程にあるドラジェの館は、馬車用の出入り口を備えていた。石積みの館ではなく、木造の比較的軽い作りで、人の出入り口のほうが小さい。
まだ早い時間だったが、扉を叩いてみる。しばらくあって、出てきたのは老人だった。どう見ても便利屋には見えない。
「便利屋のルーってんだけど、こっちで警護の仕事を頼まれて。あなた、担当者?」
「へえ? 警護?」
寝耳に水のようで、老人は頭を振った。
「聞いとらんぞ」
「変ねえ、出荷前の荷物があるからその警護を頼まれたんだけど。担当者はええっと……キーファ・ベルスって人とも聞いたわ」
「知らんねえ。帰りな」
仕方ない、とルーは預かっていた鍵を差し出した。ギザギザのついた板切れのようなものだが、それを見た途端、老人は顔をしかめた。
「……それならそうと最初に出さんかい」
懐から似たような板切れを引き出し、ギザギザを合わせると、隙間なく一枚の板になった。
「荷物ならキーファの旦那が馬車ごと持ちだしとる。村の中じゃ声が響くでな」
「……声?」
「ああ、荷物のな」
「えっと、一応確認しておくわ。出荷前の荷物ってのは、人間ね?」
「なんだ、聞かされてないのか?」
疑いの眼差しで老人はルーを見た。ルーは肩をすくめてみせた。
「ええ、荷物としか。まあ、誘拐も便利屋の仕事だし、荷物がなんであろうと気にしやしないけど。で、ドラジェの旦那に断りなくそのキーファって奴が連れ出したわけ?」
「そうなんじゃ。ちょっとマズイんじゃがのう……ただ、女が薬でうわ言を言うもんで、村に置いておけなくなったんじゃ。仕方がなかろう」
ルー=ピコは掴みかかりたくなる衝動を押さえ込んだ。間違いない、荷物はサーヤだ。薬……あの薬をサーヤに使っているんだ、やっぱり。
早く確保しなければ。誘拐されてから何日経った? 何回薬を投与されてるだろう。
「困ったわねえ。あたしの仕事、なくなっちゃうじゃないの。場所は分からないの? 馬で追いかけるわ」
「森の方まで行っておるかもしれん。時折食料の補充に村に戻ってくるじゃろう。それまで待ってみてはどうかね?」
「暇なのは嫌いなのよ。まあ、探すついでにぶらっと行ってみるわ。商品が女なら、あたしがいたほうが都合もいいでしょ。それに商品に手を出されたら困るのはあなたも一緒でしょ?」
「まあ、キーファの旦那とて、商品に手を出すのは厳禁だってことくらいは知ってるだろうさ。商品をどうするかは旦那様次第だがね。愛人にすることもあるし、王都に送って売り飛ばす場合もある。高官への贈り物にすることもあるしな」
――今すぐこいつの顔面をぶちのめしたい。キーファとやらもサーヤに手を出してたら半殺し確定だ。もしサーヤに何かあったら、ドラジェを生かしておけるかどうか、自信がない。
拳を握りながら、ピコは「ふぅん」と気のない返事をした。
「じゃあ行くわ。あ、そうそう。薬の追加を預かっていきたいんだけど、あるかしら?」
「ああ、それならこの間届いておったわ。……ほれ」
棚の上からパッキングしたままの小包を渡される。結構な重さと大きさだ。あの瓶一本が一回分だとしたら、二十本は入ってる。
ルーはカバンに収めると慎重に蓋をした。
「そうそう、キーファの旦那については気をつけな。顔を見た人間は全員殺すって噂だ。わしも直接顔は見ておらん」
「……顔見ずにどうやって仕事するのよ」
「さてな。頑張ってくれ」
老人は割符を返してくれた。
ルーは逸る気持ちを抑えながら、馬のところまで戻る。
森の側ならリュウに力を借りられる。
リュウはもうこちらに来ているだろうか。いや、もう向こうに戻った頃か。昨夜のうちに到着できればよかった。
今日の夜、森で会えるだろう。が……リュウの怒り狂う姿が予見できて、ルーは頭を抱えた。