2.トリムーンの便利屋
※20151206 改行位置修正
「足疲れたぁ」
道端に座り込んで、足をほぐす。ふくらはぎパンパン。サンダルを脱ぎ捨ててふくらはぎマッサージをする。ここに足湯があったら最高なんだけどね。
「おつかれさま、サーヤ。もう少し森の奥に入れば清水が湧いてる場所がありますが、どうします?」
ふくろうのラトリーが気遣ってくれる。あたしは腰の革袋を外した。二つあるがどちらもほとんどぺったんこだ。
「そう、じゃあ休憩終わったらそこで水の補給しよっか。様子見てきてくれる?」
「はいはい。ここから動かないでくださいねえ」
ぱたぱたとラトリーは飛んでいった。
日が落ちてからずいぶん経った。三つの月は相変わらず天頂に輝いてる。
夢の中の世界は現実とほぼ同じように時間が流れるけど、星や月の位置で今が何時ぐらいかを知ることはできない。日が落ちて空が暗くなる時と空が白んできて日が昇る時以外は、時間は主観的に流れる。
今日は熱さましを飲んだおかげか、眠りが浅くなったり目を覚ましたりは今のところない。
このまま明日の朝までこっちにいられそうかな。
それにしても、ここまで村も町も家の一軒も見かけなかった。ちょっとルートを間違えたかな。
斜めにかけていたカバンをおろし、中身を確認する。
赤い封蝋で封のされた封筒が二つ、ナイフやフォークなどの細々した道具を入れた革袋、それから道々採取してた木の実と干し肉。
食料の残りを確認して、あたしはため息をつく。どこかで調達できると期待してたんだけど、ちょっと甘い見通しだったなぁ。
弓矢はウサギを狩った時に最後の矢が折れちゃったし。ウサギが獲れてればもう少し余裕ができてたんだけどな。森の中で食べられるもの探さなきゃ。
「サーヤ、近くに動物はいないみたいですねえ」
ふくろうが帰ってきて肩に止まった。
「おっけー。じゃ、行きましょ。それから、食べられる木の実があったら教えてね」
「先ほど帰りがけに見つけましたから、あとでそちらを回りましょう」
ラトリーの案内で清水の湧く場所はすぐに見つけられた。おまけに近くに姫リンゴみたいな果物がなってる木が生えてて、思わず小躍りする。
夜の森は確かに不気味なんだけど、その場所は少し開けたところにあって、月の光が地上まで届いていた。その中で、湧きでた清水はきらきらと澄んだ音を立てながら吹き出している。
手袋を外し、両手で受ける。身を切られるほどの冷たさ。トリムーンではこれほど冷えた水を飲めるチャンスなんてめったにない。両手に水を溜め、口に運ぶ。冷たいものが口の中から食道を通って胃に降りていくのがわかる。こんなに美味しい水を飲むのは本当に久しぶりだ。
三度ほど繰り返して飲み、顔を洗う。しゃきっと目が冷めて気分がスッキリする。
それから水袋を取り出すと、残った水は地面に捨て、冷たい水を詰めた。二つともいっぱいにして口を縛ると、腰にぶら下げる。パンパンに膨れた水袋がずっしり重たくて、冷たい。
「ラトリー、ありがとね。ここのお水、すっごくおいしい」
「それはようございました。さ、木の実も採集して行きましょうか」
姫リンゴに似た果物を一つ取ってかじってみると、真っ赤に熟れた皮は歯が当たればぷつりと切れ、甘い蜜がたっぷりの果肉が顔をのぞかせる。皮自体も甘く、歯ざわりもりんごそっくりだ。
真っ赤に熟れたものをいくつかと、まだ少し固めのものをいくつか、カバンに収める。
「じゃ、戻りましょうか。もう一つの木の実のなってる木はどうします?」
「そうね……今回はいいかな」
カバンの容量と重さを考えると、これ以上はやめといたほうがよさそう。
元来た道をたどり、山道に出る。
「ねえラトリー、日が昇るまでまだ時間ありそう?」
「そうですねえ、まだ結構時間はあると思いますけど」
バランサー代わりの水袋も補給できたし、そろそろ行こうかしら。
「じゃあ、空から行こっか。ラトリー、トリエンテの町の方角、わかるわよね。道案内お願い」
「はいはい。じゃあ、行きますよ」
ラトリーはあたしの肩から飛び立った。飛んでる白ふくろうの伸ばした翼はとっても綺麗なのよね。ついつい見惚れてしまう。
「サーヤ、先に行っちゃいますよ」
空から声が降ってくる。
あたしは助走をつけると両足で地面を強く蹴った。
体がふわりと浮く。両手を少しだけ体から離して、風の抵抗を低く抑える。周りの樹木をあっという間に後ろに置いて、空に舞い上がった。
上空で一度止まり、ぐるりと三百六十度を見回した。歩いてきた森の白い道が見える。
ラトリーは飛ぶのをやめてあたしの背中に降りてきた。爪が食い込まないよう、斜めに担いだ弓につかまってる。
「トリエンテはあっちです」
羽を広げて指す方角には低いながらも山が立ちふさがっている。一番低いところを通れば飛んで行けそうだが、街道からはずいぶん外れてる。ということは町や村は期待できそうにない。
とりあえず飛びながら観察することにする。
飛んでる最中に夢から醒めて現実に引き戻されると、次に眠った時にどこから開始するのかが怖いのよね。
街道から大きく外れたところで目を覚ますと、危険な大型動物に遭遇しないとも限らないし。
あたしは体を傾けて飛ぶ方角を少し変えた。滑るように飛ぶのだけれど、ラトリーほどのスピードは出ない。これは多分、あたしが怖いと思ってるせいなんだろうと思う。夢のなかのあたしの特殊能力だもの、もっとマッハなスピードで飛べてもおかしくないものね。
空をとぶのは気分がいい。しかも夜の空。三つの月が煌々と照らす海が見えたりするとわくわくする。でもこのところの仕事では海方面に行く仕事はないのよね。それが残念。
青く黒い山の上をすり抜けるように滑るように飛ぶ。月の青い光が十分あるので、山々の木々一本一本がちゃんと見える。時折走る大型動物の音などが響いてくるのが怖いけど。
「ねえ、ラトリー」
「はい?」
「この仕事が終わったら、次の仕事、海に行きたいわ」
「海ですか。うーん。あっち方面は今はかなり危険ですよ?」
「じゃあ仕事自体がないの?」
「いえ、あるにはあるんですが……サーヤにはきつい仕事ですよ?」
「構わないわよ。どんな仕事?」
「護衛と暗殺。それから誘拐です」
う。返事に窮してしまう。
あたしだって便利屋を長くやってる。まあ、この夢の中でだけだけど。
護衛の経験は何度もある。たいてい夜にしか動けないから、隊商の夜間の見張りとか町の護衛とか、館の警備とかになるんだけど、一度だけ、昼間のパレードの護衛もやったことあった。途中で呼び戻されることはなかったけど、あれで呼び戻されてたら、契約不履行になるんだろうなあ。
でも、暗殺と誘拐はまだ請け負ったことはない。
誘拐だって、もし請け負ったとしても、あたしが呼び戻されてる間はどうする? って問題が出てくるし。暗殺はそれこそ、こちらで死んだりしたらどうなるのか……わからないもの。
「あたしでは出来そうにないわね。長時間拘束されるし」
「まあ、トリエンテで仕事が待ってるかもしれませんから、そんなにがっかりしないでください」
「そうね。とにかく急ぎましょうか。日が昇るまでは飛ぶわよ」
「疲れたらちゃんと休んでくださいねぇ」
あたしは少しだけスピードを上げた。




