28.囮作戦
※20151206 改行位置修正
便利屋のルーとしてドラジェの家にはすんなり入れた。おそらく監視から何か連絡が行っていたのだろう。
ピコは枯れ木のようなドラジェに手紙を渡しながら言った。
「ところで、あたしの前に女の便利屋が手紙を持ってきたと思うんだけど、連絡が取れないのよ。なにかご存じかしら?」
「さての。わしは知らん」
「サーヤっていう便利屋なんだけど、困ったわね……次の仕事で合流する予定なんだけど」
「ほう?」
「女二人で揃ってないと失注しちゃうのよね……どうしようかしら」
ドラジェは封を切った手紙を読みながら相槌を打っている。当然ながら手紙の中身もカモフラージュされたもので、ピコがドラジェに都合の良いような内容で適当にでっち上げたものだ。
倉庫の中に魔法の気配はない。ドラジェ本人以外の気配もない。
「それなら、わしの仕事を手伝わんか」
「ふぅん、どんな仕事かしら。内容によるわね」
「近々王都まで行く用事があってな。その際の護衛を集めてるところじゃ。ただ、いつ頃になるかわからんので、それまでのつなぎにいろいろ雑用もしてもらうがの」
ドラジェの顔には特に裏黒い様子も見当たらない。
「そうねえ、いいわよ。つなぎの雑用ってのは気になるけど。どんな仕事になるのかしら?」
顎に手を当てて、ドラジェはあらためてピコ扮するルーの姿を眺めていた。今のルーは身長はそこそこあり、腕や足の筋肉も十分ある。
「……あんた、ルーって言ったか。裏黒い仕事も大丈夫かね?」
「裏黒いってことは、暗殺とか誘拐とか尾行とか裏工作とかかしら?」
にやっと笑い、ルーは凄みの効いた笑みを浮かべた。
「金次第でなんとでも」
「よかろう。そちらも期待しておるぞ。女でなければ入れぬ場所もあるでの」
「で、直近の仕事はないのかしら? ここに来るので使い果たしちゃって」
「なれば、トラントンのわしの館へ行け。出荷前の荷物があるでの、警護を頼む」
ドラジェは簡単な地図をさらっと書き記すと、通行証と路銀をルーに手渡した。
「それから、これは館に入るのに必要な鍵じゃ。向こうにも警護の者がおる。そいつに渡せ」
「警護の担当者の名前は?」
「キーファ・ベルスと名乗っておった。便利屋だ」
「ありがと。じゃ、早速行くわね」
ピコは踵を返して木戸から出て行った。
監視の気配が四つ。魔法使いはいないようだ。サーヤを探しに来た冒険者、ということでより監視を厳しくしてるのだろう。
この様子だと、トラントンまで行っても罠の可能性はある。が。
「トラントン、か」
馬を使うのが一番良さそうだ。
サーヤと二人で馬車を借りた時、まさかこうなるとは思ってもいなかった。逆に道をたどり、今度はサーヤを助けださねばならない。
リュウ宛に出した鳩はもう届いただろうか。彼は森から出られないが、森の中なら一番詳しい。もし万が一、サーヤが森の近くにいるのなら、リュウなら匂いで追えるかもしれない。サーヤが鈴を鳴らせる状態なら確実に、場所が特定できるだろう。
「馬借りて……今から行けるわね」
ルーは大股で歩き始めた。教会には寄れない。イーリンへの言伝は狼亭の大将に頼むしかない。
狼亭に顔を出すと、まだ店はやっていた。
「あーっ、あんた」
門番もまだ待っていた。
「あら、待っててくれてた? ごめんなさいね。あたしったら、とんだ勘違いだったみたい。次の仕事をもらったの。すぐ出なくちゃ」
「あ、そうっすか。……よかったっす」
門番はそういうとため息をついて、酒のおかわりを大将に頼んだ。
「ずっと心配してたんすよ。なんかあったら行かなきゃって、酒も控えて……よかったっす」
門番の心底安心した表情に、ピコは胸がチクリと傷んだ。
実のところ、サーヤと同じ目に遭うことを期待していたのだ。一刻(二時間)待っても戻らなければ、便利屋誘拐に遭ったことになる。門番や他の兵士たちがルーを探す口実で店に突入できたろう。
だが、案に反してドラジェは仕事の斡旋をしてきた。裏黒い仕事も要求してきた。手が足りないのか、とピコは想像する。単に誘拐実行犯があの場にいなかっただけなのかもしれない。
だとすれば、誘拐実行犯はサーヤと一緒にいるということになる。そっちのほうが危険だ。
「ごめんなさいね。お詫びに飲み代、あたしがもつわ。これからあたしはトラントンに行くから一緒に飲めないのが残念だけど」
大将に妖精のラベルと代金を多めに渡す。イーリンへの伝言もだ。
「そうなんすか、次にここに来たらまたつきあってくださいっす」
「便利屋の件、調べておいてね。報告は大将にしといてくれたらいいから」
「わかったっす。明日にでも」
門番の彼に笑顔を振りまきつつ、早々に切り上げ、店を出る。
馬を借りれば、あとはトラントンヘ一直線だ。




