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27.工作

※20151206 改行位置修正

 日が落ち、そろそろ寒さが増してくる頃、ドラジェの店に入っていくのはすっかり白髪になった老女だ。

 入ってすぐのカウンターには若い男が暇そうに座っていた。店、とはいえ商品はほとんど表に置いてない。ドラジェといえば砂糖や塩、香辛料を扱う店だ。少量といえども高価な物は、店頭においておくと盗難に遭いかねないからだろう。


「いらっしゃい……なんだい、婆さん。うちは小商いはやってないんだよ」


 帰った帰った、と手を振る男に、老女は構わず聞いた。しわがれた声。


「昨日、便利屋がここに来なかったかねえ。うちに荷物があるって言ってたんだけど、ちょうど出かけるところで明日にしてくれて言ったのさ。そしたらドラジェさんとこに用があるからその後行きますって言ってたもんでねえ。毎月来る息子からの手紙とお金だと思うんだけどねえ」

「へえ、でも昨日は来てないですねえ」

「ドラジェさんに聞いてみてくれないかねえ。あのお金が無いとあたしゃ困るんだよ」

「しかし」

「お願いだよ。それとも婆だから冷たくあしらうってのかい? 婆一人、そこら辺で野垂れ死んでろっていうのかい?」


 声を荒げる。店番は舌打ちしながら「待ってろ」と言い、奥の扉から出て行った。

 老女はその様子をじっと見ていた。扉の向こうは真っ暗だったが、どうも倉庫らしい。

 苛々と歩きまわりながら、周りの様子を探る。魔法の気配がある。冷たい感覚。

 ほどなく戻ってきた店番は、老女の手に何かを押し付けた。


「なんだい、こりゃ」

「ドラジェさんからだ。確かに女の便利屋は来たが、すぐ帰ったそうだよ。お金が届かなきゃ困るだろうって、ドラジェさんからの気持ちだそうだ」

「そうかい……他を当たるかねえ。息子の手紙も楽しみにしてたんだけどねえ。悪いね。ドラジェさんにはありがとうと伝えておいてくれないかい?」

「わかった」


 何も知らない店番からこれ以上情報を引き出すのはムリだろう。

 老女は落胆した振りをしながら店を出た。





 路地を奥に歩く。やっぱり監視がついてくる。二人。壁近くのボロ長屋に入ると、老女は同じ顔をした老女に頭を下げた。


「姿をお借りしました。助かりました。これ、ボクからの気持ちです」


 目眩ましを解いて、ピコは手に入れた金を手渡した。


「もしかしたら変な男がいちゃもんを付けに来るかもしれません。その時は」

「ええ、わかっとります」


 老女は金を受け取るとポケットに収めた。


「巻き込んで申し訳ありません」

「ええんですよ、貴方様に助けてもらったお礼にもなりゃしません」


 朗らかに老女は笑った。





 長屋からは姿を消して行動する。あの店に魔法の残り香はあったけど、監視には魔法の気配はない。おそらくはサーヤの監視についているのだろう。サーヤだけでなく他にも監禁されているのかもしれない。

 急ぐ必要がある。

 揺さぶりはかけた。次は乗り込むのが手っ取り早い。イーリンには怒られるだろうけど、待ってる余裕は全くない。

 路地を曲がったところで姿を変える。目眩ましの術でサーヤに似た出で立ちで金髪碧眼の女の姿を形作る。

 それから封筒を取り出すとこちらも目眩ましの術で、昨日見たあの封筒に似せる。わざと捕まるための小道具だ。

 大通りに出ると、狼亭に向かう。監視の気配はない。

 壁の近くの兵士たちが集まる飲み屋は、深夜遅くまで営業している。その時間まで兵士たちが来るからなのだが、ピコとしても使いやすい店になっている。

 扉を開けるとまだテーブルの半分は兵士で埋まっていた。カウンターに座っている顔見知りを見つけると、ピコは隣の空席に腰を落ち着けた。


「いらっしゃい。何にしやす?」

「喉が渇いたからりんご水くれる? それとこのお酒」


 ポケットから妖精のラベルを取り出すと大将に見せた。店の大将はうなずき、りんご水を置くと奥へ入っていく。


「あれ、あんた見たような……この間ピコ様と一緒に馬車に乗ってなかったか?」


 隣の兵士は横に座った女に気がついて声を上げた。あの門番であった。すでに出来上がってるのだろう。髪も目も色が違うのだが、服装の雰囲気だけ覚えていたようだ。


「それ、あたしじゃないわ。今日着いたところだもの。でも、そんなに似てるなら知ってる子ね」


 大将が戻ってきて氷の入ったグラス二つとあのラベルの酒を瓶ごと置いていく。ピコはグラスに酒を注ぎ、門番に渡した。


「一杯おごるわ」

「おっ、悪いね」


 あっという間にグラスを干す。苦笑しながら二杯目を注いで、自分もりんご水を飲む。


「ところで、行き倒れの話は知ってる? あたしの仲間が次々やられててさ。荷物もなくして信用もなくして、えらい目に遭ってんのよ」

「あー、聞いたッスよ。俺も一人見つけたことあるんで。前後のことまったく覚えてなくて、苦労したんすよ」

「そう……商業ギルドの上の人宛の荷物だったらしいんだけど、届けたのかなくしたのかも覚えてなくてねえ」

「ああ、そりゃドラジェさんとこだな。あの人のところに入る便利屋は多いんすよ」

「そうなの?」


 グラスを空けて、暗に三杯目を要求する。ピコは酒を注ぎ足した。


「まあ、ギルド長ですからねえ。いろいろ袖の下とか送られてんじゃないスかね」

「ふぅん……じゃ、行き倒れた便利屋全員、ドラジェさんとこにいってた可能性もあるのねえ。それ、調べてもらえない?」

「えっ。まあ、いいスけど」

「ありがと。じゃ、あたしもドラジェさんとこ行ってみるわ。ちょうどドラジェさん宛の手紙持ってるし。あ、もし一刻(二時間)経っても帰ってこなかったら様子見にきてくれない? ルーって便利屋が来なかったかって」


 門番は目を丸くした。ピコは店の大将に目配せをするとお代を置いて立ち上がった。


「大将、いつもありがとう」


 いつものピコの声で言うと店を出た。背後で「えーっ」と大きな声が上がるのが聞こえる。


「さて、と」


 教会に向かい、イーリン宛に伝言と手紙を託す。しばらく待たされた後、短いかきつけが戻ってきた。文字の勢いから怒ってるのが分かる。だが、彼女のことだ、怒りながらも仕事はこなしてくれるだろう。

 今朝出て行ったドラジェの幌馬車はまだ戻ってないとの報告。ということはサーヤは幌馬車に監禁されたままどこかに運ばれているに違いない。向かった方角はトラントンの方向。もう着いているはずだ。トラントンへの使いを出すべきだったか、と一瞬後悔する。


 ――ボクが飛んでいけば早いんだけどね……。今は確実にサーヤを探せる方法を取らないと。


 念のため、リュウへの手紙を連絡用の小鳩につけて飛ばす。サーヤがあの鈴を持ってくれていれば……。

 事が終わったらボコられるのは覚悟しとこう。

 ピコは教会を出ると一直線にドラジェの店へ向かった。監視がついていたのは言うまでもない。

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