26.情報
※20151206 改行位置修正
「そっか」
イーリンの報告を聞いて、ピコは顔をしかめた。
予想が当たってしまった。
ドラジェの館に入っていったサーヤは、朝まで待っても出てくることはなかった。他の出入口にも見張りはつけていたが、そちらからの出入りもなかったという。
朝になって店が開いてからは、荷馬車が出て行ったきりで、その荷馬車もトラントン行きの辻馬車の列にまぎれていつの間にか姿を消していた。
――これ、リュウにバレたらボク、間違いなく殺されるなぁ……。
ピコはため息をつき、頭を抱えた。
「それから、オード様から遣いが来ております。どうなさいますか?」
「急いでる風だった?」
「はい、かなり」
「わかった。遣いは帰して。ボクは裏から行くから」
「わかりました」
イーリンを見送って、ピコは四阿を出た。木戸を開ける前に一呼吸おいて魔法を使う。
光の屈折を利用して、他人になりすます。この場合は教会の下働きの姿がちょうどいい。ボロをまとったひげもじゃの男。
腰を曲げ、よっこらせと木戸を抜けると、大通りから細い路地に入る。
後ろに二つ、足音と気配。
思った通り、教会を出入りする人間をチェックしてるらしい。今さらの話だけど、やっぱりサーヤをイーリンに送らせた時、強引にでも一緒に行ってもらうべきだった。
でも女の子二人だと舐められる可能性はある。
――かといってボクが行くわけにはいかなかったしなぁ。
魔法の気配はない。後をつけられてるだけなら、撒いておしまいだが、今日は目的がある。
途中の酒場に入る。もう夕刻で、食事に来る客も多い。トイレを借りて、ついでに別の姿に変える。目立たないように、兵士の格好。この店にはよく市兵が来るのはチェック済みだ。
店から出る客について出る。監視の気配はまだあった。が、ピコが出てきても気がついていない様子。
そのまま市場の方へ抜ける。オードの館は大通りに面した市場寄りにある。市場をぶらついた後、酒を一本買って大通りに出たが、監視の気配はなかった。まあ、とはいえオードの館自体が監視されてるんだろうけど。
オードの館の入り口は開いていた。役所の役目も担ってるから、誰でもはいれるようにしていると言っていた。
受付でオード宛に酒を差し入れる。受け取った中年風の男は酒瓶を持って奥へ行き、すぐ奥に通された。
奥の細い階段を上がると、赤い絨毯の敷かれた部屋に入った。
「よくいらっしゃいました、ピコット殿」
部屋の主は机に座った髭を伸ばした小太りの男だ。ベルトでは間に合わないのか、サスペンダーでズボンを吊っている。
ピコは目眩ましを解除した。兵士の姿から、普段の姿へ。
「遅くなって申し訳ありません。急ぎとの話でしたが」
「ええ」
差し入れた酒瓶を執務机に置いて、立ち上がった。ちなみに酒瓶のラベルには妖精の絵が書いてある。ピコがこそっと張り替えたラベルだ。こうやって姿を変えている時に、相手に誰なのかを悟らせるのにはちょうどいい。
「商業ギルドの話ですか?」
「いえ、そちらもありますが、王都からの早馬がありまして」
オードはそう言い、ソファの方に移動するとピコに座るよう促した。
「王都から?」
「ええ。内容は、トリエンテの自治権を取り上げ、直轄地とした後にとある貴族に下賜する陰謀が動いている、というものです。もちろん、これはまだ決定した内容ではございません。ですが、その過程で参事会は解散、商業ギルドは王都の商業組合に組み込まれるとの話です」
ピコは眉を寄せた。
なるほど、ドラジェが狙っていたのは元商業ギルドのとりまとめ役として王都の商業組合の一員となり、他の商店を傘下におさめることか。商業組合の一員になれれば、王都に店を出すことが容易になる。
サーヤが運んでいたのはその件の通知か途中経過の報告だったのだろう。決定して商業組合員として認められた後であれば、運び屋を拉致する必要はないはずだ。
「で、それを画策しているのは? あの糞爺だけじゃ無理な話でしょう?」
「ええ。おそらくは王族が関わっているかと。そのあたりは王都にいる古くからの知り合いが調査しております。いずれ連絡が届きましょう」
オードの古くからの知り合いについては聞いたことがある。詳しくは教えてもらってないが、信用のおける筋の情報通で、王都の要職にあるという噂だ。
これ以上は情報を待つしかない。が、それを待っていてはサーヤの救出は遅れてしまう。監視の気配も以前よりずっと増えた。おそらくオードの館も監視は続いている。
「ところでピコット殿、最近妙な薬が流行っていると耳にしたのですが、ご存知ですかな?」
「薬?」
「ええ」
オードは小さな瓶を取り出した。中は空っぽだが、何やら妙な匂いがする。
「兵士の間から連絡がありましてな。先月、町中で眠っていた男を保護した際、手にしていたのだそうです。最近、町の住人でない男が町外れや壁の辺りで転がっていることが時々ありましてな。正気を取り戻しても何があったのか覚えてないのだそうです。麻薬の類ではないかと薬師に調べてもらってはいるのですが、正体がわかりません」
「記憶がない……」
ピコは嫌な予感がした。
「何人ぐらいですか?」
「そうですね、ここ二月で十人ほど。行き倒れは見慣れておりますが、明らかに行き倒れとは違うのでわかります」
「多いですね。もしや、便利屋ではありませんか?」
「少しお待ちください」
オードは机に戻ると、書類を取り上げた。
「ええと、十人のうち二人が傭兵、七人が便利屋、一人は辻馬車の御者でした」
嫌な予感的中だ。おそらく、糞爺の仕業だろう。
「記憶がない、というのはどのレベルで? 自分のことも覚えてないのか?」
乱暴な聞き方だったのか、オードは目を丸くした。
「ピコット殿、どうかなされたのですか?」
「ああ……申し訳ない。実は知り合いが巻き込まれたようなんだ。昨日から糞爺の家に行って帰ってこない」
「それは……。自分のことは覚えているそうです。が、薬を飲まされて以降の記憶がぐちゃぐちゃになるそうで。それから一例だけではありますが、正気に戻るまで一月以上かかった者がいたそうです」
「一月……」
ピコは唇を噛んだ。
「麻薬、と言ったな。常習性や禁断症状が出るのか?」
「それもわかりません。ただ、正気を失っていた例では、発作や暴れるなどの禁断症状があったそうです。繰り返し摂取していた可能性はあると」
「女の行き倒れで似たような例はなかったのか?」
「今のところはありません。花街の方からもそのような話は聞いておりません」
――急がねば。
「わかった。ありがとう。オード殿、十分気をつけてください。あちこちに監視がおります。おそらくこの館も監視されているでしょう。出入りは特に気をつけて、一人では動かぬようにしてください」
「ええ、分かっております。ピコット殿もお気をつけて。必要なら兵を準備いたします」
「必要になったらお願いすると思います」
「分かりました」
挨拶もそこそこにピコは館を出た。もちろん、今度は参事会に相談に来た町民のふりをして。