21.大掃除と届け物
※20151206 改行位置修正
今日の晩御飯はコンビニで買ってきたおでんとビール。大掃除はまあ、だいたい終わったからいっか。そもそもあんまり自炊しないんだよね。たいてい夜遅いから会社で夕食摂るか、帰りがけに食べて帰るから。
おかげでもう五年も住んでるのにキッチン周りだけはきれいなままだ。冷蔵庫も、帰宅が遅くなるのが常態化してからは、痛むようなものを一切買わなくなった。つまり、ビールとつまみ用のチーズだけ。
最初は料理熱に燃えてたから、大きな冷蔵庫を買ったんだけどなぁ。今じゃ電気代がもったいないわ。まあ、製氷機が健在だから、オンザロックするときには楽なんだけど。
おでんは大根とたまごとこんにゃく。しらたきが好きなんだけど、売り切れてた。残念。こんだけ寒いとやっぱり皆おでん買っていくのかしら。
あ、あと厚揚げ。餅巾着も売り切れてたからそれの代わり。
テレビは年末スペシャルばっかりで、いまいち面白くないのよね。撮りだめた映画でも見よう。
またスマホに着信。母さんからだ。もう、一日何回かけてくれば気が済むのよ。今年は帰らないって言ったらめちゃくちゃ怒ってた。晴れ着がどうのとか言ってたから、どうせ見合いでもセッティングしてるんでしょ。その手にはもう二度と引っかからないわよ。
会社から電話がくるのだけは怖いけど、この年末年始だけは連絡は来ないはず。納品前だもんね。
三本目のビールを開けながら、あたしはスマホをマナーモードに切り替えた。これでもう大丈夫。
今日は映画三昧よ。
目が覚めたのは壁の近くの裏路地だった。酔っぱらいが何人か転がってる。
トリムーンでは、壁の中はたいてい兵士たちの居住区になってるのよね。で、壁のすぐそばに彼らが利用する酒場や娼婦街ができる。帰り道に点々と酔っ払いが転がってるのもよく見る光景。
通りがかった酔っぱらいがあたしのほうをぎょっとした目で見ていった。
まあ、兵士に女はいないし、こんなところにいる女は娼婦しかいないはずだけど、あたしはそうは見えないだろうしね。
とっとと用を終わらせて来よう。
大通りに出ると、教会はもう扉が閉じられていた。昨日の記憶を頼りに教会の裏側に回ると、木戸をノックしてみた。
応答はやはりない。でも、どうにか今日のうちに手紙を渡してしまいたい。
何度かノックする内に、土を踏む足音が聞こえてきた。
「どなたですか」
扉の向こうから不機嫌そうな声。これは、昨夜のあのメイドの声のようだ。名前は確か……イーリンって言ったかしら。
「あの、あたし、昨日ピコと一緒にこちらからおじゃました者です。昨日渡し忘れた手紙があって……」
「……ピコ様に? ……お名前をいただけますか?」
「サーヤ、と申します」
「お待ちください」
足音が遠ざかっていく。無音だと、待っている間がとても長く感じられる。
と、何の音もなくいきなり木戸が開いた。
「サーヤ!」
目の前にいたのは、ふよふよと浮く、妖精族のピコだった。
「あ、あの、ピコ」
「入って入って。話はそれから」
ぐいっと手を引っ張られて、あたしは木戸をくぐった。すぐ側に応対してくれたと思われるメイドが不機嫌そうに立っている。
「いや、その、あたしはっ」
抵抗してみたが、ピコはぐんぐん四阿に引っぱって行く。
「いいからいいから。イーリン、お茶を入れてくれる?」
「……かしこまりました」
後ろをついてきていたメイドが頭を下げて去っていく。
「さあ、座って」
昨日のように椅子を引いてくれる。仕方なくあたしは腰を下ろした。まもなくイーリンがお茶の乗った盆を持って現れた。
「あ、ありがとうございます」
お茶を受け取ると、イーリンは昨日とは違い、ピコのうしろに控えて立った。
「サーヤ、ありがとう。来てくれて」
「……昨日はごめんなさい」
「いいよ、ボクは気にしてない。それにまだあきらめてないしね。ボクって諦め悪いんだよね」
けろりとピコは言い、笑った。いつもどおりの笑顔が、今のあたしには痛い。
「で、ボクに手紙って、サーヤが運んでたっていう手紙?」
「え、ええ」
カバンから二通の封筒のうち一通を差し出す。赤い封蝋の宛名には、確かにピコの名前があった。
「ああ……親父殿からの手紙か。ありがとう」
そう言うとピコは封も開けずに後ろに立つイーリンに渡した。
「えっ……中身は確認しなくていいの?」
「うん、多分いつもと同じだと思うから」
「いつもと?」
ピコはイーリンに渡した手紙をもう一度受け取り、封を開けるとあたしに寄越した。
「読んでいいよ」
「いえ……私信は読むわけには行きませから」
「いいって。サーヤに読んで欲しいんだから」
仕方なく受け取り、中の便箋を取り出して広げる。
そこには……早く嫁を取れだの子供はまだかだの故郷に戻って来いだの……まあ、あたしもイヤになるほど聞かされた内容が書かれていた。
「この手紙、特に急がなくていいって言われたでしょ」
「ええ、確かに」
「サーヤだけじゃないんだ。実はね、他の便利屋経由でもう何通も受け取ってるんだよ」
ああ、だから、あたしの荷物が手紙だと知って、教会の人宛かって聞いたわけね。
「でも、ボクはこの町を離れるわけにはいかないし、離れたくない。まだサーヤにも認められない未成年のボクに子供とかって、ありえないでしょ?」
ずきっと胸が痛む。あたしはぎこちなく笑い、立ち上がった。
「じゃあ、あたしはこれで……」
「もう?」
もう一通の手紙を取り出して、ひらひらさせる。
「もう一人、届けなきゃならないから」
「その宛先、当ててみようか」
「え?」
振り向くと、いたずらっ子のような顔で、ピコは笑っていた。




