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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
12月30日(木)

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19.キス

※20151206 改行位置修正

 反射的に右手が動いた。

 が、両手ともピコに掴まれて後ろに回され、あたしはなすすべもなくピコのキスを受け入れざるを得なかった。

 どれ位そうしてただろう。

 気がつけばあたしは泣いていた。

 抵抗する気ももう失せていた。

 ピコはようやくあたしを自由にしてくれたけれど、あたしはその場に座り込んで、顔を覆った。

 どうして、またこの思いをしなきゃならないの。あたしは――もう傷つきたくないのに。


「サーヤ……ごめん」


 あたしの様子に動揺してるんだろう。ピコの声はひどく弱々しかった。

 そんなに動揺するなんて思いもしなかった? あたしは確かに軽い女かもしれない。心も簡単に移ろいやすく見えるかも知れない。

 でも、あたしはそんなの望んでない。あたしが本当に欲しいのは、あたしが愛して、あたしを愛してくれる人。ただそれだけなのに。


「ピコ……」


 涙を拭い、目の前の顔を見る。

 リュウを出し抜いてあたしのキスを奪っておいて、なんて顔してるのよ。


「……ひどい顔」

「サーヤ……キミって残酷だね」

「あたしのキスを奪っておいて、そう言う?」

「ボクはサーヤが好きだもの。リュウに悪いとは思ったけど、リュウに譲るつもり、ないし」

「あたしは……あたしの運命の相手は少なくとも今のピコじゃないわ。悪いけど」


 ピコは顔を歪めた。いつもの笑顔からは程遠い、苦々しい笑み。


「今のボクじゃない? じゃあ、いつものボクならいいわけ?」


 ぽーんと翻って、ピコの姿が光ったと同時に森の中で会った時のピコになる。空中に浮遊した、あたしより少し小さな姿、耳の尖ったピコ。


「……いいわよ、試しても」


 あたしは目を閉じた。もう、どうにでもなれ。

 目の前に温かい気配が寄ってくるのが分かる。

 頬に何かが当たる。多分ピコの手ね。あったかい。

 それからやわらかなあたたかいものが唇に触れた。さっきの荒々しいキスとは違う、優しいキス。

 そっと離れた手が震えてたのにあたしは気がついた。


「……どう?」


 首を横に振る。そして。


「なんで……?」


 あたしはピコの妖精族の姿をまじまじと見つめた。


「なに?」


 判定が出ない。……なぜ? 大人の姿のピコには出たのに。


「ごめん、ピコ。もう一度、人の姿に戻ってもらっていい?」

「えっ? ……うん、いいけど」


 目の前で再びピコはあたしより背の高い大人の姿になる。あたしはピコの顔を両手で引き寄せると、自分からキスをした。

 やっぱり、この姿のピコには明確に判定が出る。妖精族だから? 若すぎるから? それとも、適正年齢じゃないから?

 唇を離し、あたしは首を振った。


「どうしたの? サーヤ」

「分からないの……今の姿のピコはあたしの運命の人じゃない。でも、妖精族のピコは、判定できない。こんなこと、初めてよ」

「じゃあ、ボクにもまだ望みはあるってことだね?」


 ピコは柔らかな笑みを浮かべた。


「ピコ、今何歳なの?」

「ボク? ボクはえっと十六になったところかな。妖精族にしては成長が遅くてね。ボクの妖精族の姿は、標準の妖精族の十歳ぐらいの姿なんだ」

「妖精族って長命なのよね。成人になるのは何歳なの?」

「んー、ボクはハーフだからねー。多分純血種よりは短命だと思うよ。普通の人間と同じじゃないかなあ。成人は通常なら十五歳だけど、ボクはやっぱり遅いみたい」


 少なくとも、今の本来のピコは判定対象外ってことね。


「ところでサーヤ。キミはキスしたら自分の運命の相手かどうかを知ることができるんだね?」

「ええ、そうよ」


 もうピコに隠したって意味がない。


「なんだ、じゃあリュウとキスしなかったのは、そういうこと?」

「えっ」

「リュウが運命の相手かどうか、知りたくなかったんでしょ? ってことは、やっぱり本気なんだね」


 あたしは口を閉じた。

 違う。そうじゃない。

 あたしはリュウが欲しかった。それがたとえ運命の相手でなくても。

 いわゆる吊り橋効果みたいなものなのかもしれない。でも、それでもよかった。

 運命の判定に振り回されるのは現実だけでもうお腹いっぱいよ。


「……違う」

「え?」

「違うの。この力に振り回されるのはもういやなの。待ってるだけの運命なんていらない」

「……サーヤ、もっと自分に正直になったほうがいいと思うよ。ボクは拒否したでしょ? じゃあ、ボクには目がないってことだよね。でも、リュウは運命の相手でなくても拒否したくないんでしょ? それ、もう結果は出てるじゃない。ボクに望みがありそうなこと、言わないでほしいな」


 ピコは悲しげな目であたしを見つめていた。

 こんな力、いやなのに、あたしはピコを拒絶した。……なんて都合よく使い分けてるんだろう、あたし。


「……ごめん」


 ひどい女だ、あたし。

 ピコに思われるような資格、ないわね。

 あたしは立ち上がった。目尻に浮かんでくる涙をこすり落として、天窓から月を仰ぐ。


「ありがと、ピコ。……いろいろごめんね。あたし、どこかでピコのこと、子供だと思って見下してたんだと思う。ほんと、ごめん」

「サーヤ」

「行くね。ここにお布施、置いとくから」


 小銭袋を取り出して、祭壇に置く。


「サーヤ!」


 後ろから抱きつかれる。金の髪がふわっとあたしの視界に入った。


「ボクを……嫌わないで。お願いだ」


 あたしを抱きしめる力強い腕を、やんわりと外す。


「ピコを嫌ったりしないわ」


 あたしは礼拝堂を出た。振り返ることはしなかった。

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