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1.サンタなんか来ない

※20151206 改行位置修正

 土曜出勤はあたしだけだった。

 まあ、そうだよね。昨日がイブ、今日はクリスマス当日、明日は日曜日。

 こんなバッチリなカレンダーのクリスマスにわざわざ自主的出勤するようなのはあたしぐらいなもんだ。

 入り口の守衛さんにまで「こんな日まで働かなくても」と言われた。

 いーのよ。クリスマスなんて関係ない、サンタなんか来るはずないもの。

 でもさすがにあたし一人のためにフロア全体の空調を入れるのは気が引けた。明かりはつけたけど。

 おかげでキーボード叩いてる指先がかじかんでくる。

 普段は気にしたことなかったけど、フロアに人がいないとこんなに寒いもんなのね。PCもあたしの分しか起動してないから温度上昇には役に立たないし。

 いつもはポニーテールにしてる髪の毛も気休め程度だけど降ろして、着てきたコートの上にひざ掛け巻いて、指ぬき手袋つけて、昨日の続きにとりかかった。

 仕事自体は面白い。

 プログラミング自体は会社に入ってから覚えたものだけど、自分が書いたコードが動くととっても嬉しい。難しい部分が動いてくれて、小躍りしたくなることもある。さすがに会社ではしないけど。

 今日は休日出勤だからイヤホンで音楽を聞きながら手を動かす。お気に入りのアニソンをノンストップリピート。ノリノリでつい口ずさんでしまう。仕事に集中し始めたら何が聞こえてても全く意識に上がらなくなっちゃうんだけど、ノリやすい音楽ってあるのよね。仕事用BGMとしても最適。

 仕事がノってくると周りは全然目に入らなくなる。途中で警備員さんが入ってきたらしいんだけど、あたしは全然気がつかなかった。





 なんだかおかしいな、と思ったのは十四時ぐらいかな。お昼を食べるのも忘れて熱中してたみたい。ふっと集中力が切れて、お腹がすいたなーと思って時計を見たらそんな時間だった。

 お昼を食べそこねて低血糖にでもなったのかと思ったけど、そうでもないみたい。

 鼻がムズムズして、咳も出てきて、目がうるうるしてるなーと思ったら。くしゃみの連発。

 ぱーっと熱が出てきたのが自分でも分かった。

 風邪引いた。間違いない。

 こうなったらもうほっといても良くなることはない。あきらめて十五時にオフィスを出た。





 クリスマスの昼日中、商店街を歩くのだけは避けたかったんだけどな。

 駅からの道すがら、流れてくるジングルベルの歌が呪わしく聞こえた。体調不良も相まって、妬む心が浮いてくる。二人連れが目の前を歩いてるだけでいらいらする。

 ケーキ屋の軒先に並べられたケーキ。赤と白のコスチュームに身を包んだ看板持ち。チカチカ光る巨大クリスマスツリー。シャンシャンシャンと鳴る鈴の音。惣菜屋のチキンの香ばしいかおり。

 どれも横目に見ながら、コンビニでスポーツドリンクだけ買ってふらふらと家に帰る。

 家について体温を計ったら三十八度あった。その数値をみただけで気力が萎える。そりゃ歩くのも辛いわけよね。

 とりあえず熱さましだけ飲んで、布団に潜り込む。明日も出勤しようかと思ってたけど、無理っぽいわね。月曜日までには治しておかなくちゃ。





「今日は早いですねえ、サーヤ」


 眼を開くと、目の前に白いふくろうが止まっていた。


「ただいま、ラトリー。元気にしてた?」


 手を伸ばすと、ふくろうのラトリーは頭をこすりつけてきた。


「もちろんですとも。サーヤこそ、この間は向こうのままのサーヤが来ておりましたよ?」

「最近眠りが浅いのよねえ。居眠りすると記憶がマージされる前にこっちにきちゃうみたい」

「それはよろしくありませんねえ。ちゃんと夢の扉をくぐって来てもらわないと」


 あたしはさっき通ってきた扉を思い出していた。

 眠りにつくと、夢に扉が現れるようになったのはいつの頃からだっただろう。

 扉を通ってたどり着いたここ――三つの月にちなんでトリムーンとあたしは呼んでるけど――は、あたしが眠っている間にだけ活動できる、もう一つの世界。

 最初は単なる夢だと思った。

 あたしには現実の世界での記憶があったし、それでもこの環境を少しもおかしいと感じなかったんだもの。

 月が三つもあって、ふくろうがしゃべって、コンクリートもアスファルトもテレビもなんにもない世界。そういうところに迷いこんでサバイバルしてる夢だなー、程度に思ってた。

 最初はね。

 でも、毎日扉が現れて、同じ世界に飛ばされると、おかしいと思うわよね。

 そう。

 毎日、眠ると扉は現れた。あ、もちろん夢を見ないほどの深い眠りの時は、扉も現れてないみたい。次に扉をくぐった時の会話が、最後に扉をくぐった時の記憶と続いてるしね。


「うたた寝だと扉をくぐらなくてもこっちに来れちゃうみたいなのよねえ」

「正式な召喚陣を経由せずに来れるのはおかしいですねえ。すこし調べておきます」


 トリムーンはあたしの夢の中にある夢の世界だと、思っていた。

 でも、そうじゃないことをある時、思い知らされた。

 夢なんだから、亡くなった人だってよみがえらせることができるはず。そう思ってた。

 でも、夢の中であたしは万能じゃなかった。

 そこではじめて、ラトリーに教えられた。

 この世界は、あたしが自由にできるあたしの夢の中にはないこと。

 夢の扉をくぐって、あたしはどこかにあるトリムーンの世界に召喚されていること。

 でも、ラトリーは教えてくれない。

 トリムーンであたしが死んでしまったら、どうなるのか。


「今日は昼間から動けるから、少し遠くまで行けるわね。ラトリー、今日の仕事ってこの間の続き?」

「ええ、そうですけど、大丈夫なんでございますか? こんな昼間から」


 こっちで生活するためにはこっちで稼がなきゃならない。夢のくせに、お腹も減るし、寒さも感じる。眠気だって感じる。夢の中で眠るってどうなの? って思うけど。

 幸い、あたしが起きてる――つまりトリムーンにいない間にラトリーが仕事を手配してくれるので、こっちにきたらあたしはその仕事をこなしてる。

 この間の続きってことは、手紙の配達だ。


「うん、まあ途中で呼び戻されるかもしれないけどね。トリエンテの町までここからどれくらいある?」

「そうですねえ、わたしの羽で一日ってところです」

「じゃあ、陸路で四日、空路で二日ってところね。行きましょ」


 ラトリーを肩に乗せて、あたしは歩き出した。

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