17.奇跡の技
※20150818
イーリンの外見描写が抜けていたので追加しています。
※20151206 改行位置修正
教会なら今までも表から何度も入ったことがある。
でも、裏から入ったのは初めてだわ。
薬草園の細い道を通りながら、あたしは辺りを見回した。
少し先には四阿がある。その先は色とりどりに花が咲いている。教会の建物は背が高く、三階建はありそう。その外壁を緑の蔦が覆っているところがある。尖塔のあたりはおそらく礼拝堂の部分だ。横に伸びる建物部分が執務棟か居住棟だろう。
こっちの世界では回復魔法があるし、よく効く傷薬もある。大きな教会などは腕の良い治癒師が常駐してるから二十四時間営業中だし、重篤な患者も運ばれてくる。その分お布施がお高いわけだけど。
小さな村でも教会があるところもある。けどそんなに治癒師がいるわけじゃないから、普通は薬師の作る薬を置いてる程度。トラントンはそうだった。
結果、回復魔法のせいで医療技術はそれほど進化しないのに、お布施を払えない貧乏人は乏しい医療技術にすがらざるをえない。
「サーヤ、こっちこっち」
ピコは四阿の道を進み、手招きした。
白いテーブルと椅子が置いてある四阿はアーチ状の屋根が六本の柱で支えられている。
「ちょっと……受付にいくんじゃ」
「急がなくても大丈夫、夜は急患以外は受け付けないから。座って座って」
椅子を引いてピコが勧めてくる。まあ、がたごとの馬車に長い時間揺られて腰も痛いし、助かるけど……。
エプロン姿の女の子がお盆を手にやってきた。盆にはかおりの良いお茶とクッキーが乗っている。
「ピコ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、イーリン」
てきぱきとお茶の準備をしてすっと下がる。シスターでもないだろうし、召使でもなさそう。メイド、と呼ぶのが一番しっくり来る。赤い髪を長く三つ編みに垂らし、赤い瞳の女の子。
「まあ、飲んで飲んで。疲れが取れるお茶だから。あ、もちろん何にも入ってないからね?」
「……あやしすぎるわよ」
「ほんとにサーヤに何かしようと思ったら、とっくにやってるって。サーヤ、隙だらけだし」
「悪かったわねえ。ただの便利屋だもの、傭兵みたいな動きは出来ないわよ」
「ただの、じゃないでしょ? ボクはサーヤのこと、もっとよく知りたいんだよねえ」
なんだか悪役じみたセリフねえ。
ピコが紅茶に口をつけるのを確認してから、あたしも紅茶のカップを取り上げた。現実でもこっちでも嗅いだことのない花のかおり。
「ピコ、そろそろ正体を明かしてくれてもいいんじゃない? こんな場所に連れ込んでただのピコではもう通用しないわよ」
「うん、そうだねえ。でも、夜になってからのほうがよくない? いつ戻るか分からないでしょ?」
それはそうなんだけど、夜になったらピコはいないってパターンがあり得るもの。
太陽は地表から顔を出してるはず。もう期限は来てる。
「じゃあ、サーヤの知らないことを一つ、教えてあげる」
白いテーブルに両肘をつき、組んだ手の甲に顎を乗せて、ピコは楽しそうにあたしを見てる。
「何よ」
「教会ってね、結界になってるんだ。招かれた者以外は入れない。表側は比較的ゆるいけど、それでも邪なモノは入れなくなってる。何でそんなことになってるか、分かる?」
「何でって……治癒師を守るため、でしょ?」
魔法を使う者たちを保護するのも教会の役目の一つ。そう、あの本にあったのを思い出す。
「あれ、意外。よく知ってるね。そう、魔法を使える人間や種族を守るため。この教会内にいる人はほぼ全員、魔法が使える。それともう一つ、召喚者を守る役目もあるんだ」
「……あたしたちを?」
「うん。サーヤ、昼間に町中を歩いたことはあるかい? 曇天でなく天気の良い日に太陽の光を浴びながら」
町中はめったにないわね。あたしが活動する時間は日が落ちてから日が昇るまでがほとんどだし、病気とかで寝込んで昼間に出歩ける時でも、一人で行動することが多いし町中を歩くよりは依頼で移動してることのほうが多い。
「あんまり覚えてないわ。ないとは思わないけど」
「迂闊だなぁ。サーヤ。今度機会があったら自分の足元を見てみるといいよ」
「足元?」
「そう。今後は日傘を持って歩くことをオススメするよ。召喚者はたいてい夜歩くだろう? だから気がつかないことが多いんだけど、影が薄いんだよ」
「影……?」
とっさにあたしは足元を見た。四阿の下でテーブルの影に隠れてるから自分の影を見分けることはできない。
「逆に月に照らされた影は濃いんだよね。影のことなんか気にしたことないと思うけど、今後は気をつけたほうがいいよ」
「じゃあ……普通の人たちもそれで見分けてるの?」
「うーん、気にする人もいると思う。なんで影が薄いんだろうって。まあ、召喚者のことは知られてないから、むしろ魔物なんじゃないか、と怪しまれる方が確率高いかな」
もっと悪いじゃないの! 魔物退治とか、依頼にあるのよね。あたしはやったことがないけど……。
「わかったわ。気をつける」
こんなに長くこっちに来てるのに、知らないことが多すぎる。いつも依頼のルートはラトリーが決めてたし、手配してくれてた。昼間に町中を歩くことがなかったのも、おそらくはラトリーが配慮したものだったのだろう。
ラトリーがいなければ、あたしはどうなっていたんだろう。
ううん、ラトリーがいないだけで、まともに生きていけないあたしのほうが問題だ。
「そろそろ時間切れかな。じゃあ続きは夜に」
ひらひらと手を振るピコの笑顔が途切れて暗転した。