15.味方か敵か
※20151206 改行位置修正
「サーヤ、こっちの人じゃないよね?」
ピコの言葉にあたしは口を閉ざす。
――バレた。でも、どうして? もしかして、あたしが眠る……あの子が起きる瞬間を見られたの?
「黙ってるってことは肯定って受け取っていいのかな」
がたごとと車輪がうるさく音をたてる。
以前ラトリーに聞いてみたことがある。
トリムーンの人間でないと知られたらどうなるのか。
今までの経験から、あたしがいきなり目の前から消えても、人々はそれを不思議に思わない。多分それは、よそ見してる間にどこかに行った程度の認識なんだろうとあたしは勝手に解釈してる。
それがあたしにかけられた何らかの魔法だとしたら――魔法を使える者には感じ取れる可能性がある。
ピコはそれに気がついたのかもしれない。
ラトリーは「その時になってみないとわかりません」と答えた。それは想定外だからなのか、バレた相手によるのか、あたしには分からない。イエスと言っていいのか――。
「ああ、心配しなくていーよ。ここでサーヤが肯定してもボクは誰にも言うつもりはないから。それにどちらかと言えばボクはキミたちの味方だし」
ピコの口調は変わらず軽い。内容が全然軽くないのに。
「――味方?」
味方、ということは当然敵もいるということ。あたしは今までそういう存在に遭遇したことはない。むしろ、あたしがそうである、とわかった人間は長年こっちに通っているけどピコが初めて。
だから、そのキーワードには違和感があった。
「そ、味方。サーヤ、キミがどーやってこっちに来てるのか、誰が召喚してるのか、気になったことはなーい?」
気にならないはずがない。何の目的で召喚されてるのか、こっちで何をすればいいのか、いまだに知らないんだもの。
魔法なのか、何らかの仕掛けなのか。あたしにかけられてるのが魔法だとするなら、魔法を使える種族か、教会ってことになる。
今まで何度か教会にはお世話になった。主に治療のために。でも、そんなこと、どの教会でもおくびにも出さない。だとしたら、他の種族が?
「……ピコは知ってるの?」
「うん、知ってる。でもコレ以上は言えないかな」
「じゃあ、敵っていうのは?」
「それも言えないかなー。その口ぶりだといままで敵には遭遇したことないんでしょ? なら知らないほうがサーヤにはいいのかもしれない」
思ったより口が硬い。仕方ない。いいわ。あたしも腹をくくろうじゃないの。
「……いつあたしがこっちの人間じゃないと分かったの?」
「んー、違和感を感じたのは最初に会った時かな。普通の人間なのに、魔法の匂いがしたからね。でも、確定したのは今のキミの言葉だよ」
あたしはピコを睨みつけた。ピコは涼しそうな顔で微笑んでいる。
やられた。カマかけられた。
仕方がない。どれくらいのペナルティを食らうのか分からないけれど、それに見合う情報はもらうわよ。
「……だからあたしの寝てるところにも入ろうとしたわけね」
あたしが寝てる間に消えるのを確認するために。
「んー、それもあるけど、サーヤ自身にも興味はあったしね。森に入る女の子なんてめったにいないもの」
いつもの笑顔でけろっと言う。それって単なる女好きなんじゃ……。
「さっき、キミたちって言ったわよね。あたし以外にも召喚された人はいるの?」
キミたちの味方。ピコはそう言った。ということは、あたしの他にも同じように召喚されてる人がいるんだ。それをピコは知っている。
「んー、ボクが知ってる限りはね」
「じゃあ、その人達の召喚された理由は?」
こっちに呼ばれた理由。あたしが今一番知りたいのはそれだ。
「さあね。皆ばらばらの仕事をしてるから、それぞれ違うんじゃないかと思うけど?」
「どんな仕事をしてるの」
「そうだなー、教会で奇跡の技の担い手になってたり、村で田んぼ耕してたり、町で商店を切り盛りしてたりといろいろだよ。拠点を持たない便利屋は初めてだね」
そんなにいるの……。あたしが今まで会った人の中にもいたのかもしれない。
「じゃあ、あたしはなんで召喚されたの?」
ピコは首を振った。
「ボクにはわからないよ。召喚主にでも聞くしかないだろうけど」
「召喚主?」
「そう。キミをこっちに呼び寄せた人。こっちに召喚された時に多分出会ってるはずだよ」
出会ったって言えば……ラトリーぐらいしかいないわ。仕事のサポートも全部ラトリーがやってくれてる。便利屋として必要な知識を叩きこまれたのも、仕事の仲介をしてるのも、ラトリーだ。どこに何を運ぶのかも、指示は全部ラトリーが取り仕切ってる。
「まさか」
「思い当たる人がいるみたいだね。今度会った時に聞いてみるといいよ」
それは無駄だろう。召喚された時に散々聞いた。でも何も教えてはくれなかった。
でも、あれからずいぶん経った。あたしももう子供じゃない。聞いてみたほうがいいのかもしれない。
「ピコ、あなたは何なの?」
するとピコはいつものいたずらっこな顔をした。
「ボク? ボクは単なるピコだよ。魔法が使える妖精族で、リュウの友達。それから――サーヤの味方」
「……信用できないわ」
あまりにも出来過ぎてる。
「トリエンテに向かうのも、あたしとこうやって二人で話す時間が欲しかっただけでしょう。本当は用事なんてないんじゃないの?」
「んー、半分あたり、半分ハズレ。ボクがトリエンテに用事があるのは本当。でも、サーヤが戻ってくるのを待ってたのはその通り。この話をリュウのいるところじゃできなかったからね」
リュウの名前がでて、あたしは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「――リュウは知らないのね?」
「うん。ボクは何も言ってないからね」
「そう」
「リュウのこと、好きなの?」
ピコは直球で聞いてくる。本当に直球よね……。あたしは首を振った。
「分からないわ」
「そうかなぁ。あの雰囲気だとリュウもまんざらじゃないと思うけど」
「……あたしはこっちの世界の人間じゃないもの」
あたしにとって……ううん、あの子にとっては単なる夢。起きてしまえば消える夢だ。
夢の中でどれだけ幸せだったとしても、あの子の現実は夢の中にない。
「でも、召喚者にも結婚した者はいるよ。子供もいる。彼らにとっての現実はここにある」
「子供? まさか……」
「召喚者が出産した例もある。本気なら、障害なんて何もないんじゃないのかな」
あたしは口を閉じた。
「さてと、おしゃべりはこんぐらいにしとこっか。まだ先は長いよ。眠くなったら寝ていいからね。あ、でも寝る前にさっきのパン、作ってくれると嬉しいな」
ピコはいつもの口調で言う。
「ピコ、本当にあなたは何者なの?」
しかしピコは微笑むだけだった。




