14.馬車はゆく
※20151206 改行位置修正
「おつかれさまでした~。カンパーイ」
幹事役の新人くんの音頭で打ち上げが始まる。
料理は結構豪華。近くのレストランからのケータリングみたい。このビルにもいろいろ飲食店入ってるしね。和洋中取り揃えてある。
今日で仕事納め。明日から正月休みに突入する。
表向きはね。
明日もう一日出勤なのよね。何をするかっていうと、毎年恒例社内の大掃除。仕事の手を止めて全員でやるんだよね。だから、派遣さんとかは今日が仕事納めの日。
カレンダー通りなら、三十一日から一月五日までがお休みかな。前後にお休み取る人もいる。デスマーチになってるプロジェクトは年末年始なしらしい。納品は一月末だっけ。終わってからチームでまとめて代休取るって話してた。
取れるといいね、代休。
今までのパターンだと、プロジェクト終了で保守メンバー以外は他のプロジェクトに即放り込まれて、代休取る暇がなくなるのがほとんどなんだけどね。
さすがに打ち上げの乾杯には付き合ったみたいだけど、自分の机に戻ってる人もいる。こんな日くらい、と他の子に言われてるみたいだけど、それどころじゃないみたい。
あたしも前に年末がなくなったことあったな……正月に出社すると何が悲しいって、晴れ着の子たちや晴れがましい家族連れとすれ違うこと。なんだか惨めな気分になるのよね……。
「木村さん、こっちに来ませんか?」
気がつけば立食のはずなのにみんな自分の椅子を引っ張ってきて輪になってる。あたしもごろごろ椅子転がして合流した。同期の子もいるし、同じプロジェクトの子もいる。新人は全員幹事役を割り振られてるから、瓶ビール持って走り回ってる。普段接点のない子と喋るいい機会ではあるのよね。
アルコールも手伝って、話の内容は仕事の話から技術的な話、プライベートな話やスポーツの話、飼ってるペットの話などいろいろ飛び出す。意外とうちの会社ってアウトドアな人が多いのね。道理で話があわないわけだわ。
釣りの話になったあたりで食べ物をあさりに席を立った。田舎が海沿いだから釣りは経験がないわけじゃないけど、専門用語で会話されるとついていけないもの。
テーブルの上の食料はだいぶ減ってた。あとは酒飲み用の乾き物ばかりね。
「木村さん、一杯どうぞ」
横からビール瓶を差し出されて、あたしは振り向いた。髪の毛の長い、新人の女の子だ。デザイナーで入った前田さんだっけ。今年の新人さん、多いのよね。仕事で接点がないから、ちゃんと覚えてない子もいるかも。
「ありがと。幹事お疲れ様」
「ありがとうございます」
返礼のビールを注いで、二人で乾杯する。なんだかんだ飲んだから、あたしも酔ってきた感じ。
「あのぉ、聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「木村さんって彼氏いるんですか?」
「いないわよ?」
なんでここ最近こんな話題ばっかりなのかしら。まあ、理由はこの間のアレだろうけど。
「そのぉ、好きな人とかもいないんですか?」
「いたらクリスマスに仕事してないわよ」
笑いながらあたしは返した。
「すみません」
「別に構わないけど、もしかして奥野くんの話?」
「え……いえ違います」
違いますって顔じゃないわよ。なんか他の子の視線も感じるし。要するに聞いてこいって言われたのね。
「噂のことなら気にしないでって言っといて」
ぺこりと頭を下げて、彼女は他の人にビールを注ぎに行った。やれやれ、こんな時に面と向かって聞いてくるなんてね。まあ、無礼講だし、お酒も入ってるし、構いやしないけど。
あたしはどちらかと言えば包容力のある年上の人のほうが好みだし。
ま、そんなことを言ったところで状況は全然良くならないのはわかってるから言わなかったわけだけど。
なんだかなぁ。
本当に好きなら直接アタックすればいいのに。じっと待っていても何も起こらないんだから。
そこまで考えて、口の端を歪める。
本当に好きなら、ね。
いつからだろう、人を好きになるということがわからなくなったのは。
あの力を知った時から、かな。好きだな、と思っても運命の人でないとわかると恋心が冷める。
なんて余計な力だろう。
告白されても、キスで判定が出るのがわかってるからか、全然心が盛り上がらない。いっその事、告白されてすぐキス判定しようか。そう思ったこともあるし、実際にそうしたこともある。一時キス魔と言われたっけ。
あたしが欲しいのは、運命の人だけ。
運命の人があたしを裏切らないとも限らない。でも、あたしはこの力がある限り、まともな恋なんかできない。
誰に恋しても結局失ってしまうのなら、恋なんてしない。
恋をしなきゃ、キスをしなきゃ相手を探せないのに、人を好きになれない。
なんてひねくれてるんだろう。なんて臆病なあたし。
あたしは手元のビールを呷った。
目を開く。辺りを見回すと、すっかり暗くなったトラントンの村の中だと分かる。
打ち上げが長引いて、帰ってきたのは結局日が変わってからになっちゃった。
ずいぶん待たせちゃったかな、ピコ。
門のあたりまで行くと、一台の馬車が停まっていた。辻馬車とは違い、一頭立てで二人乗りのこじんまりとしたものだ。
「ピコ、遅くなってごめん」
「サーヤ」
あたしより頭一つ分高いピコは、馬車の近くに座り込んでいた。
「待ちくたびれたよー。おなかすいたよー」
「ほんとごめん。朝のうちにパンとチーズは買っといたから、馬車走らせながら食べる?」
「んー、じゃあそうする。飲み水は後ろに積んどいたよ」
「ありがと。じゃ、行きましょ」
あたしは傷のある左肩が当たらないように左側に座り、ピコは右側に陣取って手綱を握ってくれる。ピコが合図すると、馬はゆっくり走りだした。幌もないからがらがらと車輪の音が結構うるさい。
カバンから丸いパンとチーズを出す。パンの間にチーズを挟んでピコの手に握らせると、あっという間にぺろりと平らげた。
「こんなものしかなくてごめんね。あとは干し肉があるけど」
「じゃあ、あとでくれる? 晩御飯は食べたんだけど、待ってたらおなかがくーくー鳴いちゃって」
「はいはい。……ここからだとどれくらいかかるのかしら」
「トリエンテ? そうだなー、二頭立ての辻馬車だとスピードも出るから六時間ぐらいかな。この馬車は一頭立てだけど、荷物は軽いから同じぐらいでいけるんじゃないかと思うよー」
「じゃあ、朝までには着けるわね」
「そうだね。寝ててもいいよ?」
「大丈夫、あたしは夜型だから」
「そっか。じゃあ、話でもする?」
「話?」
何の話だろう。首を傾げると、ピコはちらっとあたしを見て微笑んだ。
「そうだなー、リュウの話とか、ボクの話とか?」
あたしはどきっとして視線を前方に向けた。まだまだ暗い夜の中、月の光で街道だけが白く見える。
「ボクもサーヤの話、聞きたいし」
「……あたしの話なんて、面白くないわよ?」
ピコは首をかしげた。
「そうかなー。便利屋だっけ、今の仕事、結構長いんでしょ? なら、あちこち旅してるんじゃない? ボクとかリュウはそんなに遠くに行けないから、いろんな土地の話、聞きたいよ」
「でも、それってこの間のバーベキューの時に話したわよ? それ以上は」
「んー、そうじゃなくて」
ピコは前を向いたまま、言葉を続けた。
「サーヤの世界の話」
どきん。心臓が高鳴る。
「……何のこと?」
あたしは努めて平静を保って言った。でも、声が震えてる。
「サーヤ、こっちの人じゃないよね?」




