128.事実と裏事情
「あーあ、おねーさんがおにーさんになっちゃった」
ラティーのがっかりした口調がすべてを物語っていた。
ウェインもグリードも、にやにやした笑いは消え、目がきりりと吊り上がっている。
「改めて、ピコット・ルージオ・レイシャンだ」
立ち上がろうとした四人を制して空いてる場所にピコは腰を下ろした。
「おにーさん、グリードより背ぇ高いんだ」
「ひょろ長いって感じだな」
ラティーとグリードの感想に苦笑を浮かべる。風来坊としてあちこち一人で出歩く関係上、一通りのことはできる程度に鍛えている。が、本職には到底かなわないのは当然だ。
「まあ、本職は治癒師だからな」
「ああ、風来坊のピコだろ。たぶん一回はお世話になってると思うぞ、俺らみんな」
そこまでは知られているのか。教会ならともかく一人で回ってるときはローブは着ないが顔は晒している。この顔を覚えられていてもおかしくはない。
が、グリードたちの顔に覚えはなかった。おそらく、変装をしていたのだろう。
「で、ここまでのおぜん立てをして僕を攫った理由、聞かせてもらえるんだろうね?」
斜め向かいに座るザジをじっと見つめる。ザジはじっと視線を合わせたまま、口を開いた。
「その前に、お前の護衛を呼べ。どうせ近くにいるんだろう? そいつらにも頼みたいことがある」
「話が先だ。納得できなければ協力はできない」
沈黙とにらみ合いが続いて、折れたのはザジのほうだった。
「国王陛下のご命令だ」
「……力づくで連れ戻せって言われたのか」
「いや、それとは別だ」
ザジの言葉にピコはため息をついた。別と言いながら結局は連れ戻すために蛇を動かしたに違いないのだから。
ドラジェの件は国王陛下の差し金だと言っていた。ということは、トリエンテ一帯が直轄地になる話も、おそらくはフェイクなのだろう。
「手紙が届いていなかったか」
「手紙……?」
サーヤが届けてくれた手紙のことだろう。特にいつもと変わらず戻って来い、嫁をとれの一点張りで、結局目も通さなかったっけ。
ピコの反応に、ザジはため息をついた。
「読みもしなかったのか。……道理で」
「あれが何だっていうんだよ」
イラッとしてきつめの口調になる。
ところがザジは眉根を寄せるとじろりと睨みつけてきた。
「ドラジェを追い落とす算段が書かれてたんだよ。お前にしか読めない方法でな。――ったく、それだってのに、お前は女の姿でドラジェの護衛隊なんぞに潜り込んでるし、協力者をよこせとか連絡飛ばしてくるし……大変だったんだからなっ!」
ぽかんと口を開けそうになって慌てて口元を覆う。
ここまでのことが全部無駄だったと?
「トリエンテがどこかに下賜されるって聞いて慌てたんだろ。それも計画のうちって書いてあったのに、オード氏まで動かしやがって……」
ハーリ・オードから王都からの早馬があったと聞いたのは、手紙を受け取った後だった。
その後逐一情報は更新されていて、下賜される貴族の名前まで知らされていたというのに。
「まあ、おかげで話はすんなり動いたみたいだけどな。オード氏に偽の情報だと知らせてあったら、オード氏が自分で情報を確かめようとはしなかっただろうし、不自然な動きになっただろうからな」
ピコの知る限りでは参事会の面々は全員監視されていた。今回の一件を聞いてもしオードが動いていなかったら、罠だと見抜かれていたかもしれない。
ドラジェがここまで安心して王都に『商業組合の一員になるための会合』に向かってはいなかっただろう。
深くため息をついて、ピコは軽く目をつむる。
「納得したか? したなら護衛を呼んでくれ」
「納得はした。でもなんで彼女らが必要なんだ?」
「そりゃ決まってる。――人質になってるナレクォーツ伯爵夫人の奪回のためだ」
「人質? とてもそうは見えなかったけど」
さんざんピコ――ルーとしてつきあわされたことを鑑みても、窮屈な思いはしても逃げ出したいと思っているようには見えなかった。
「ドラジェが言葉巧みに彼女にそう思わせていないから、だろうな。だから、伯爵本人がいきなりやってきたときは度肝を抜かれたことだろうよ」
「……知ってたのか」
ルーカスが宿を直接訪ねたことは知られていないと思っていた。知っているとしたら、騎馬隊の面々ぐらいで、その後一緒に馬車に乗っているのも、ドラジェが秘密にしていたと思うのだが。
「見くびるなよ、潜り込んだ蛇は四匹だけだけど、監視の蛇はあちこちにいるんだ」
人質。なるほど、そういわれるといろいろ納得が行く。
だれが乗っているのか全く分からないように隠されていたことも、だれを連れまわしているのかを知られたくなかったからなのだ。
「それにしても、なんで伯爵は奥方の居場所を知っていたんだ?」
「そりゃ蛇から知らせてたからな。大っぴらに奥方を奪回できないからといって、何もせずにじっとしてられなかったんだろ。ずっと後を追ってきてた」
「そうだったのか?」
だからか。「ルーメン・アルベド」の名を書いた手紙を送ってすぐに現れたのは。
王都から早馬で駆け付けたと思っていたが、そう思わせるように調整していたのだろう。
「しかも、今は伯爵と奥方があの馬車に乗ってるんだろう?」
「……ああ」
もう、ザジが何を知っていても驚かない。いまさら隠したところで無駄だろうし、彼女が人質だというなら、情報は多いほうがいい。
「今回の襲撃はさ、俺たち蛇があの一行から離脱するためのフェイクだったんだ」
ラティーが口を挟む。いきなり話が変わったように思うが、ザジは特にやめさせるつもりはないらしい。
「僕らが最後尾の馬車だったのもその理由。いつでも離脱できるようにね」
「え?」
護衛の配置は隊長――タンゲルに一任されていたはずだ。そこに介入できたはずがない。
できるとしたら……。
「タンゲルも蛇、なのか?」
「いや、違うよ」
そうだ。潜り込めたのはここにいる四人だけだと言っていた。では何故?
「彼――彼らって言ったほうがいいかな。傭兵あがりとは思えなかったでしょ?」
にやにやと笑うラティーに、ピコは眉根を寄せる。
彼ら。騎馬隊はあまりにも統制が取れていた。傭兵の寄せ集めとは思えない。それに最初からタンゲルに従っていた。隊長、と。
「……タンゲルはどこかの正騎士か?」
「あたり。どこかはもうわかるよね?」
人をすぐスカウトしたがる奥方。ラティーをスカウトしたがったタンゲル。
「……辺境伯の手のものか」
「そういうこと。奥方様を一人で旅に出すわけ、ないでしょー? あの溺愛タイプの人が」
今なら納得できる。おそらく、王都からトリエンテまでも彼らが守っていたのだろう。傭兵という姿を借りて。だから、伯爵はその条件をのんだのだろうし。
「これで護衛が五人減って十七人? うち六人はこっち側の人間だからちょうど半分だね。……奪回するには十分だと思わない?」
ラティーはにっこり笑う。
「……タンゲルとはいつから手を組んでた?」
「あー……ごめん。最初から」
ザジががしがしと頭をかいて苦笑を浮かべる。
「でも、ドラジェんとこで顔合わせたのが初めてだよ。向こうは白蛇の顔なんか知らないからね」
「……なんで僕に知らせなかった?」
「そりゃ知ってると思ってたからな。手紙で書いたって国王陛下からは聞いてたし。それでも出しゃばってきたのは、巻き込まれたサーヤって便利屋のことがあったからだと俺らは認識してた」
色々言いたいことはあったが、結局はサーヤの届けた手紙をまともに読まなかった自分のせい、と戻ってくる。仕方なくピコは口を閉じた。
「てことで、呼んでくれ。こっちとしても会ってみたくてうずうずしてるんだからな、お前んとこの赤の女王と拾い物をさ」
にやっとザジが笑う。ちらりと見れば、他の三人も楽しげに目が笑っている。
ラフィーネ奪回のために力がいると言われて断れるほどピコは薄情ではなかった。
懐から切手を取り出して息を吹きかける。飛び立っていった緑の光が彼方に消えたとほぼ同時に、ピコの後ろに人の気配が降り立った。




