125.襲撃
不意に馬車が止まった。
「何ですの?」
ラフィーネは戸惑ったようにルーとルーカスを見る。ルーカスはと見れば、周囲への警戒心を強めてるのがわかる。片手はすでに腰に佩いた剣の上にある。
耳を澄ませば外の声が聞こえてくる。
笛が鳴り響く。声をかけあう護衛たちの声、馬のいななき。
まさか。
こんなタイミングで襲撃されるとは。
昨日のように騎士服のままだったら、外に飛び出していけるのに。
ルーは跳ねるように立ち上がり、馬車の扉に手をかけた。
「出るな、ルー」
ルーカスの鋭い制止に手を止め、振り返る。
この格好で出る危険性は十分わかっているつもりだ。
銀の馬車に乗っているのが誰か、襲撃者が知っているのだとしたら。
もし標的がラフィーネなのだとしたら、貴婦人の格好をしたルーが出ていけば他の者たちには手を出さないだろう。
「行ってはだめ」
腰が抜けたのだろう、震えたままでラフィーネは動けない。だが、ルーのほうへ手を伸ばし、腕をつかもうとする。
それに気が付いてルーカスがさっと立ち上がり、扉に手をかけたままだったルーの腕を力いっぱい引っ張った。
「離して」
「身代わりになるつもりだろう」
「それがあたしの仕事だから。あんたは出るな。……ここにいちゃいけない人だろう?」
その言葉にルーカスが眉をひそめた。一瞬、腕をつかむ男の力が抜ける。するりと腕を解くと、ルーカスの腰から剣を鞘ごと抜き取った。
「お前は……」
「大丈夫。あんたはラフィーネ様を守って。いいね」
抜いた剣をルーカスに押し付けると、ルーは扉から飛び出した。
「何が起こっている!」
銀の馬車はぐるりと護衛に囲まれていた。騎馬隊も周囲に配置されている。
ルーの声に一番近くの護衛がこちらも見ずに返してくる。
「襲撃だ。一番後ろの馬車が襲われてる」
一番後ろ。グリードたちのいる馬車だ。
「短剣貸して」
「おう。……って、お前!?」
ちらとこちらを振り向いた護衛は目を丸くしていた。誰かと思えばあのアリだった。
「いいから、はやく短剣」
「お、おう」
アリの差し出した短剣を握ると護衛たちの合間を抜けて後方へと走り出した。
「おいっ!」
誰だろう、上から声が降ってくる。騎馬隊のだれかだ。
「お前たちは馬車を進めろ!」
もともとが襲われても馬車まで到達させないための護衛だ。そこから誰かが抜けだすことは考えていない。
護衛の輪を抜けるのは結構簡単だった。
ドレスのままで走りづらい。しかも今日のドレスはふんわり広がるタイプだ。本当は脱ぎ捨ててしまいたいところだけれど、そんな余裕もない。
それに、ラフィーネの身代わりになる可能性を考えると、切り裂いてしまうわけにもいかない。
緑色の光が飛んできて弾けた。イーリンからだ。
「イーリン、見極め頼む。彼女の殺害が目的でなければ、手出し無用。あと、護衛全員守って。一人も死なせないように。いいね」
早口で返事を送り返す。
陰から見守っているであろう二人にする命令じゃないよな、と苦笑を浮かべる。
ルー個人を守るためについてきたイーリンと、イーリンと戦うためにしぶしぶルーの護衛についてきた暗殺者。怒ってるだろうなあ、と思いながら、ルーはこちらに気が付いて向かってきた賊の剣を受け止め、跳ね返した。
「何っ、女だとっ」
状況を見ながらも目の前の賊から目は離さない。
いくつかの緑の光が飛んできて弾けた。敵は六名、うち一人は弓矢で遠方から攻撃。残るうち四名は馬車の後ろでグリードたちが応対中、こちらに来たのは一人だけ。
弓矢の敵はイーリンが処理済みらしい。それだけでも助かった。
遠方から狙われてはこの短剣一本じゃ防げない。
それに。
なんだか様子がおかしい。
てっきり盗賊だと思ったけど、目の前の敵は様子が違った。
鎖帷子を着こんだうえにぼろ布をまとっている。動くたびに帷子が動いて音が鳴るからすぐわかった。
足回りも篭手もかなり上質。それに長剣。
盗賊がこんなきれいな長剣、持ってるはずがない。
とどめに、太刀筋も足さばきもきれいすぎる。
訓練された者の動きだ。
「どこの手の者?」
「うるさい!」
男は何度か切りあったあと、懐から出した何かを口にくわえた。笛のようだが音は鳴らない。
その途端、馬車のほうで声が上がった。あれはグリードの声だろう。それから馬車の向こうから人影が飛び出してきて、気が付けば目の前にいた敵は五人になっていた。
どれも似たような恰好で、顔が見えないようにフードをかぶり、口元を布で隠している。
「活きのいい姫さんが釣れたようだな」
くぐもった声。
はっと背後に目をやると、指示通り銀の馬車を守っていた護衛たちは先に進んでいて、砂煙の向こう側にあった。
ルーは背筋を伸ばすと短剣を構えなおした。
ここからは、銀の馬車の客人としての振る舞いが必要だ。
「重ねて問います。どこの手の者ですか。わたくしが乗っていると知っての所業ですか」
「さてね。あんたが誰だろうが関係ない」
ということは、傭兵か、便利屋。便利屋のほうが可能性は高そうだが、彼らの動きを見る限りだと、ソロの集合ではなくチームのようだ。連携が良すぎる。
「刃向かわなきゃ痛い思いはせずに済む。あんたのキレイな顔にも傷がつかずに済む――どうする?」
「誰の差し金か、何が目的か教えてくれるなら、考えてもいいわ」
「さあ、知らねえな。俺らは女を一人さらって来いと言われただけだからな。あんたが誰だろうが関係ねえ」
わざと崩した口調で真ん中の大柄な男が答える。
普通に考えれば、馬車から顔を出すこともなく、誰が乗っているのかすら秘匿されてる馬車の客が、襲撃に遭ったからと言って飛び出してくるはずはない。
しかも、襲われてる場所にわざわざ短剣持って駆けつけるなんてこと、あるはずはないのだ。
それぐらい、わかっているはずで。
ここにいるルーが客人でないことくらいわかっているはずなのに。
目の前の男たちの放つ気配は変わらない。
それに、女を一人、と言った。
銀の馬車に乗っているのが女だと知っていたのだろうか。
知らなかったのだとしたら、狙いはルーだということになる。
「誰でもいい……?」
「おう、あんたが人違いだろうが、そのあとどうなろうが、俺らには関係ねえ。金さえもらえればな」
ちらりと馬車の後ろに視線を走らせる。
「馬車の護衛はどうしました。殺したのですか?」
「余分な殺しはしないことにしてる」
余分な殺し。
その言葉にルーは眉根を寄せた。
依頼内容が暗殺であれば、請け負うのだろう。
「全員無事なんですね?」
「あ、ああ。四人ともな」
四人?
最後尾の馬車はルーとウェイン、ラティーとグリードの四人だったはずだ。
ルーがラフィーネの話し相手になってから、人員配置を変えたのだろうか。
「彼らの治療をさせて。曲がりなりにもここまで一緒に来たのだから」
「だめだ」
こんな往来に馬車も彼らもそのまま放置していくというのだろうか。
王都へのびる街道は、そうでなくとも交通量は多いはずで、対峙している間にも誰かの馬車が通りかかる可能性だって低くない。
話を引き延ばそうと口を開いたところで、ガラガラと音が聞こえた。目の前に立ち往生する馬車を避けて現れた馬車の御者台には黒いマントの男が一人乗っている。後ろの馬車は窓の覆い布が降ろされて、中は見えない。
こちらの様子に気が付いたのか、御者の男は手綱を操ると馬車を止めた。助けを求めるなら今しかない。
だが。
「遅かったな」
そう声をかけたのは盗賊のほうだった。




