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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月20日(木)

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123.同室

 馬を飛ばしてきたおかげで宿を取っていなかったらしく、ルーカスはラフィーネとともに同じ部屋に泊まることになった。

 隣の使用人部屋を割り当てられていたルーは、丁重にお断りを入れると、部屋を出た。

 流石に、心を通わせた夫婦の閨の側にいたくはない。

 それに……あくまでもルーの中身は男なのだ。勘弁して欲しい。

 明日からは夫婦と同じ空間に昼間ずっと閉じ込められることになる。

 階段を降りながら、ルーはため息をついた。


「ルー? 今からどこへ行く」


 後ろから声をかけられて振り向くと、襟元をゆるめながらタンゲルが階段の踊り場に立っていた。


「部屋を変えてもらいに」

「部屋? それなら空きはないぞ。さっきどこかの貴族が無理やりねじ込んだらしくて、屋根裏の使用人部屋までいっぱいだと嘆いてた」


 駆け足で降りてきたタンゲルは、口角を上げる。ルーは眉根を寄せた。


「困ったわね。……じゃあ、街まで降りるわ」

「この時間から、一人でか?」


 途端にタンゲルは不機嫌に声を荒げた。


「篝火もあるし、大丈夫よ」

「だめだ。お前、自分が女だってわかってるか?」

「わかってるわよ」

「わかってない」


 ぐいと手首を掴まれて、ルーは顔をしかめた。力を込められた左手首がきしんで痛い。


「痛い。離して」

「女一人でも大丈夫なんだろう?」


 そういったタンゲルの口元が僅かにゆがんで眉が跳ね上がる。

 ルーは眉を寄せたまま、くるりと身を踊らせると腰に刺したままだった騎士の剣を抜き放った。

 そのまま横になぎ払うと、タンゲルは手を離して身軽に後ろへ下がり、左足を軸にして右足でルーの手首を蹴った。

 からんと剣が落ちる。


「その程度か?」


 ゆっくり歩み寄ってタンゲルは剣を拾い上げた。ルーは両手を腰に当てると思い切り眉をひそめた。


「本気ならそんな涼しい顔してられなかったわよ」

「負け惜しみなら聞き飽きてるぞ」


 差し出された柄を受け取って鞘に収める。


「それにしても、騎士服が似合うな」

「……お仕着せよ」

「そういえば似た服装の女を町中で見たな」

「そう」


 内心冷や汗をかきながら、ルーは相槌を打った。

 それはラフィーネに違いない。タンゲルは顔を知らないから見ても気がつかなかったのだろう。服が同じだから思い出しただけだ。そうに違いない。


「街に出るなら言ってくれればよかったのに。ザジたちと飲んでたんだぞ」

「そう、悪かったわね。お使いを頼まれてて急いでたのよ。……ああ、早く気軽な護衛に戻りたい」

「窮屈そうだな」


 ため息とともに吐き出した言葉に、タンゲルは眉根を寄せた。


「ええ。……まったく、勘弁してほしいわ」

「どういう客なんだ? 銀の馬車の客人ってのは」

「それは契約違反でしょ?」


 銀の馬車の客人について、詮索しないことというのが契約の一文にある。

 タンゲルは肩をすくめた。


「別に客人の正体を知りたいとかってわけじゃない。お前に騎士服のお仕着せを着せて買い物に行かせるのとか、変な趣味持ちか?」

「違うわよ。ただ、晩餐に喚ばれて……いつもの服では行けないから借りたのよ」

「へえ……晩餐ねえ。やっぱ良い思いはしてるんだ」

「良くない。……マナー講座受けながら食事したいと思う?」


 ルーが口元を歪めると、タンゲルは同情の目を向けてきた。


「なるほど」

「護衛隊のおもちゃからお客人のおもちゃになっただけよ」

「あのドレス姿もそれか」

「そう」

「ふうん……趣味のいい男だな」


 男じゃない、と言いかけて口を閉ざす。客が男か女かも教えるべき情報ではない。


「それより離して。宿探しに行かなきゃ」

「……まだ諦めてないのか。俺にさっき負けたのに?」

「本気じゃないって言ったでしょ?」

「負けは負けだ」


 タンゲルの目に暗い光が宿る。ルーは眉根を寄せたまま、手首にかかったままのタンゲルの手を外しにかかった。


「じゃあ、どうしろって言うの。元の部屋には戻れない」

「……俺の部屋に」

「お断り」

「あのなあ……」

「あんたの部屋に入って無事でいられる確証がないもの。この間だって……」


 じろりと睨めあげる。この間からタンゲルは隙あらば仕掛けてくる。ザジがいることを知っていても。


「あれはっ……不可抗力だ」

「それに、あんたの部屋の並びって騎馬隊の部屋でしょ。そんな危険地帯に行くのはゴメンだわ」

「くっ……わかった。街までついてってやる。でも宿に一人で泊まるのはダメだ」

「あのねえ……なんでそうなるわけ?」

「お前、ザジたちのいる安宿街に行くつもりだろう。その格好で行ったら間違いなくカモられる。明日の日の出を見られなくなるぞ?」

「ちょっと……そんなに治安悪いの?」


 驚いて目を見張ると、タンゲルはため息をついた。


「前に訪れた時よりかなり悪い。市場のあたりは観光地化してるからスリ程度で済むけど、一本道を外れたら五分で拐われる」

「そうだったの……」


 ルーは眉根を寄せた。よくまあラフィーネが遭遇しなかったものだ。

 もちろん優秀な護衛をつけておいたから、万が一のことがあっても無事に戻って来られただろう。それでも、彼女を危険に晒したことには違いない。

 万が一彼女に何かあったら、ただではいられなかった。

 ぞっとして自分の身を掻き抱いた。


「分かったか。分かったのなら俺の部屋でおとなしくしてろ。俺は何もしないから」

「そんな危険ゾーン、近寄りたくない」

「心配ない。俺の部屋はなぜかフロアが違うんだ。隊長だからとか言われた」

「フロアが違う? 場所は?」

「三階の北の端だ」


 それはラフィーネと同じフロアの反対側の端だ。三階以上は貴族向けで、ただの護衛隊長が割り振られる部屋ではないはずだ。


「部屋が足りなかっただけだ」


 ルーの表情を読み取ったのだろう、タンゲルは不満げに言った。


「そう。じゃあ使用人部屋もあるのよね? あたしはそっちでいいわ。鍵は内側からかけられるし」

「残念ながら俺の部屋は使用人部屋だ。言ったろ? ねじ込んできた貴族がいたって」

「じゃあ」

「ああ。主寝室はその貴族の付き人が使ってる。鍵も両側からかけてある」

「ちょっと待ってよ。使用人部屋にあんたと二人って……」


 危険過ぎる。使用人部屋はシングルベッドがひとつのみで、ソファも何もない。


「誓って何もしない……その格好で今から街に降りるよりは安全だぞ」

「……その言葉、忘れないでよ」


 頭を抱えながらルーが言うと、タンゲルは神妙な顔をしてうなずいた。

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