13.ピコの姿
※20151206 改行位置修正
門を入ると村はまだ眠りの中にいた。店はほとんど開いておらず、宿もまだ戸を閉めたままだ。
「さすがにまだ開いてないねぇ」
「まだ夜明け前だものね。じゃ、あたしは……えっ?」
振り返ったあたしは目を見張った。
あたしの目の前にいるのは、あたしより頭一つ分背の高い、金髪の優男だった。サイズアップしたというより成長した感じ。二枚目ぶりが上がってる。フードも下ろしたままだ。
「びっくりした?」
そういって笑う声はまぎれもなくピコの声。でも、耳はとがってないし、足元を見るとちゃんと地面に足がついている。
「……ピコ?」
「そ。だから言ったでしょ、ちゃんとサイズ戻るって?」
「どっちがホントのサイズなのよ」
「さ~ぁ? どっちでしょう」
さっきと同じセリフ。もう、どっちでもいいわよ。まあ、魔法を使える種族ってバレるとまずいから、幻覚魔法か何かで変えてるってところかしら。
「じゃあ、ここまでありがとね。あたしは辻馬車の予約してから少し休むから」
あたしは手を降って踵を返した。
「あー、サーヤ冷たいなあ。どうせ幻覚か何かだと思ってるんでしょ。違うよー?」
「そう、じゃあね」
「つれないなぁ。どうせ一緒の馬車に乗るんだし、ここでバイバイしなくてもいーじゃない」
右腕を引っ張られる。ダメだったら、もうじきあの子が起きるんだから。日が昇ってないだけで、空はもう十分に明るい。
「離してってばっ」
あたしは手を振りほどこうと強く振った。ピコの本来のサイズが森の中の姿なら、そんなに力はないはずだもの。
でも。がっしり握られた腕はびくともしない。ぐいっと引っ張られてあたしは彼に向き合う形にされた。
「ボク、そんなに非力じゃないよ? ほら」
そう言ってあたしの手を引っ張り上げて……手の甲に唇が触れた。
「きゃっ」
手を引っ込めようとしたけど、離してくれない。いきなり手にキスなんて、何考えてるのよっ! 昨日といい今日といい。
「この位置にちゃんと顔あるでしょ? 幻覚じゃないよー」
「わ、わかったからっ離してっ」
そう言うとあっさり離してくれた。よかった。もう、心臓バクバク。
「で、いつの馬車に乗る予定?」
「夜出発する馬車だけど……」
って、顔近いよっ。ちょっと後ずさる。
「じゃ、ボクもそれにしよっと」
「え? 急がなくていいの?」
辻馬車の便は町からそれなりに離れた村だと一日に二度、朝と夜が一般的。何時にでるのかを確認してからでないと、この後の計画が立てにくい。時間的には厳しいのよね、実は。夜出発の便も乗れるかどうか。場合によっては馬を借りたほうがいいかもしれない。
ラトリーがいてくれればいいアドバイスをくれると思うんだけど……ほんと、どうしたんだろう。全く現れない。
「ああ、それは大丈夫。それにサーヤ、リュウと同じで夜型でしょ?」
どきっ。いやまあ、一日半一緒にいたわけだし、そりゃ知ってるわよね。あたしの秘密がバレたわけじゃない。落ち着け、あたし。
「え、ええ」
「だったら、辻馬車に乗るよりは馬車を借り受けるほうが確実じゃないかなーって。一人だと高くつくでしょー? だから割り勘でどうかなって」
「でも」
あたし一人なら馬で事足りるんだけど……。
「それに、馬だとその腕じゃ扱いにくくなーい?」
どきん。なんであたしの考え読んでるのよっ。
「そ、それは、そうだけど……」
「ボクと相乗りするんならボクが手綱引けるけど、サーヤ、片腕ではしがみつくのも難しいでしょ。だから馬車借りておこうかなって」
確かに。
あたしは自分の左腕を見下ろした。吊ってるおかげであまり痛みは感じなくて済むんだけど、この腕では心もとない。
「そうね……じゃあ、お願い」
顔を上げると、ピコは少し背を丸めてあたしの顔の前でニコニコ笑ってる。
「な、なによ……」
「なーんにも。夜が楽しみだなぁーって思っただけ。あ、そういえばトラントンに着いたから、お別れのキスくれるんだよね?」
「な、なに言ってんのよっ! ト、トリエンテまで一緒なら、向こうについてからでいいでしょっ!」
あたしはぷいっと顔をそむけた。あの口調だし、てっきりお子様だと思ってたのに。
「つれないなぁ。……ま、いっか。リュウに悪いしね」
「え?」
ピコは右目でウインクをしてみせ――右腕を強く引っ張られた。
「きゃっ……!」
左の頬に柔らかな感触が当たる。目の前に広がる金の滝。
「じゃあ、また夜にね」
耳のすぐそばでピコは囁き、姿が見えなくなった。