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あたしの王子様がいつまで経っても来ない ~夢の中でも働けますか?  作者: と〜や
1月20日(木)

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119.放たれた鳥

 ピコからのメッセージが飛んできた時、すでにイーリンは護衛対象の警護に入っていた。

 護衛対象は宿の玄関から堂々と出てきた。青ベースの騎士服に身を包み、腰には剣を佩いている。短いヘアスタイルだが一目見れば女だというのは分かる。

 後ろを振り返りもしないところから、ピコ本人を連れずに出てきたのが伺える。

 本来はピコの指示を待ってから行動開始だったが、当人が目の前に出てきては仕方がない。

 イーリンはメイド服をあらためた。貴族向けの宿に侵入しても咎められないようにはしてあるが、今回の護衛対象の泊まる宿ではもっとスカート丈の長いものが採用されている。

 もし彼女が宿の侍女服をチェックしていたのなら、すぐに宿の侍女ではないことを認識できるだろう。

 護衛対象は足早に高級宿場街を抜けると大通りに降りてきた。

 嬉しそうな顔をしてまっすぐ頭を上げ背筋を伸ばして歩いていく護衛対象の後ろに降り立つと、イーリンは数歩下がった場所を歩き始めた。

 こうして付き従っていれば女性騎士に従う侍女に見えるし、後ろから見ていることで、護衛対象にむけられる視線や感情を把握できる。

 通りすがる男の目はほとんどが護衛対象に驚き見惚れた者の目だ。とりあえずは害意のある視線は向けられていないことを確認する。

 この街――メルヴィナと言っただろうか――には慣れているのだろう。護衛対象は周りを見回すこともなく、まっすぐ大通りを歩き、角を曲がって市場のあるブロックに足を踏み入れる。

 後を追って角を曲がった途端に賑やかな声が耳に飛び込んできた。人出も多く、距離をあけるとすぐに他の人が割り込んで護衛対象が見えなくなる。

 イーリンは距離を縮めて護衛対象のすぐ後ろについた。

 市場はそれぞれの店が簡易テントを張っていることが多く、上からの警護には向かない場所だ。

 先程から自分に向けられる視線に気がついてちらりと上を見る。キーファが上から見ているのだ。

 ピコから直接届いたメッセージにはキーファまで回すとは書かれていなかった。ただ、晩餐までに必ず護衛対象を宿に戻すように、とだけ。

 何かがあったのだろう。キーファまで護衛に回すほどの何かが。

 だとしても。


「……ご自身の護衛まで回されますか」


 何のために護衛を連れているのか、忘れているのだろうか。

 苛立ちとともに吐き出すと、不意に護衛対象が振り向いた。はっと顔を上げると、イーリンを見下ろしている紫色の瞳があった。


「あなた……」

「え?」

「わたくしの後をつけていらしたでしょう?」


 イーリンは一瞬目を見張ったのち、優雅に礼をした。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。主より御身の護衛を申しつかりました、リンと申します」

「あら、ではあなたが? こんな可愛い子が護衛だなんて……」

「ご心配には及びません。たとえここにいる全ての人が敵であろうとも、御身を無傷で主の元へ送り届けますから」


 表情を緩めることなくイーリンは護衛対象を見上げる。頭一つ分高いのは、おそらくブーツの踵が高いせいもあるだろう。


「それは頼もしいわ。よろしくね、リン」

「それと、主から伝言を預かっております。『日没前には必ずお戻りください』とのことです」

「……夜は楽しめないのね」


 護衛対象は眉尻を下げ、長くため息をついた。


「まあ、仕方がないわね。本当はルーの言うとおりにするって約束だったのに、抜け出してきてしまったし……。でも、それまでは自由に行動できるわけね。リンも一緒に付き合ってくれるのね?」

「はい、宿にお戻りになるまではご一緒します」

「じゃあ、よろしくね? 小さな護衛さん」


 うふふ、と笑う護衛対象に、イーリンは深くうなずいた。





 護衛対象とのデートは本当に日没前まで続いた。

 昼食は市場で売られている串焼き肉やパンにスライスハムを挟んだものなどを買い、市場の中央に設えられたベンチに座って食べた。

 こういうスタイルでの食事自体は馬での遠乗りなどで慣れていると護衛対象は言っていたが、護衛の兵士に囲まれずにこうやって自由に食事をするのも串焼き肉にかぶりつくのも初めてだとはしゃいでいた。

 買い物はあまりしなかった。というのも、護衛対象は高額金貨しか持っておらず、市場では両替もできず、お釣りもないと断られたからだ。

 イーリンが持っていた硬貨は多くなく、食事を摂ったあとは護衛対象は店を覗いては並んでいる品物を眺めて目を輝かせるにとどめていた。

 ただひとつだけ、青い石を散りばめた薔薇の花をかたどったピンブローチだけはイーリンにお金を借りて買った。

 誰への土産なのか、と僭越ながら口にしたら、護衛対象は照れたように頬を赤く染めて微笑むだけだった。

 上空からの視線は常につきまとっている。

 広い市場を端から端まで練り歩き、そのあと街の繁華街を歩いた。昼間だからかまだそれほど人通りは多くないが、場違いな程度に美しい女騎士に邪な視線を投げる男の数は増えた。

 はっきりと害意を示す者はこっそりと排除に動く。キーファも手伝ってくれたおかげで護衛対象には気づかれていない。

 一度だけ、護衛対象の腕を掴んだ男に関しては、仕方ないが護衛対象の目の前で排除した。護衛対象は目を丸くしたのち、「リン、ありがとう。本当に強いのねえ」と感心していた。

 幸い、護衛隊の面々とは遭遇しなかった。キーファもイーリンも全員の顔は把握している。近くにもし護衛隊の人間がいたらキーファがまず排除に動いただろう。主からは不殺及び翌日の護衛任務への影響を残すことの禁止を言い渡されているが、多少痛い目を見ることになっただろうから、幸いではある。

 影が長くなってきて帰投を促すと、護衛対象は唇を尖らせながらもうなずき、宿への道を辿る。宿に着いた時、今朝はなかった銀の馬車が横付けされていることに気がついた。


「あの紋章……」


 護衛対象はそうつぶやくとくるりとイーリンを振り向いた。


「ここまででいいわ。ここから先は宿泊客しか入れないから」

「かしこまりました。では、主によろしくお伝えくださいませ」


 イーリンが礼をすると、護衛対象は宿の護衛に伴われて宿の奥へと入っていった。

 それを確認後、イーリンは主へのメッセージを投げた後、闇に溶けた。

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